「日本映画の感想文」のトップページへ

「サイトマップ」へ


森の石松


■公開:1949年

■制作:松竹(京都)

■制作:糸屋寿雄

■監督:吉村公三郎

■原作:

■脚本:新藤兼人

■撮影:生方敏夫

■音楽:伊藤宣二

■美術:

■照明:

■録音:

■編集:

■主演:藤田進

■寸評:

ネタバレあります。


貧乏な小作人が低賃金でこき使われた挙句に得たわずかばかりの賃金も、家に帰る途中でヤクザの博打で巻き上げられてしまうという、こうなったらもう、ヤクザと地主はグルだとしか思えないのであります。たぶん、そう。

石松・藤田進は働いても働いても楽にならない生活が嫌になり、一晩で百姓の一年分の金が動くという、侠客の世界に入ろうとします。飲み屋の女で、地回りの親分・志村喬の情婦でもある朝霧鏡子は藤田進に清水の次郎長のところへ行くように勧めます。

もとはといえば、朝霧鏡子が石松の金をスラせたのですが、この女はすれっからしなので他人の人生なんかてんで気にしていません。

ヤクザで楽をしようだなんて甘い考えだった藤田進は沖中氏の仕事がつらくて脱走を図り、飯屋の板前で元武士の笠智衆に匿ってもらいましたが、とうとう次郎長一家の兄貴分、安部徹に捕まって簀巻きにされてしまいます。

これで懲りたかと思った藤田進でしたが、どうやら悔しさのほうが勝ってしまったようです。

藤田進に惚れている女郎の轟夕起子は安部徹の弟でした。出入りで殺された安部徹の葬儀の席上、次郎長親分に抗議する轟夕起子でしたが、一方、手柄をあげた藤田進はいっぱしの兄貴分になるのでした。本当は藤田進に足を洗ってほしい轟夕起子でしたが、一度、成功した旨味を味わってしまうとヤクザの世界からはなかなか抜け出せないようです。

藤田進は出入りで片目になりますがまるでそれが勲章のような気分になっているようです。母親の飯田蝶子、友達の殿山泰司は藤田進のことを心配します。

親分の信望も厚くなった藤田進が金毘羅参りの用を言いつかりました。しかし藤田進はその帰路に博打に手を出してしまい、おまけに勝ち逃げを諌められ、さらに頭に血が上って、勧進元の志村喬との大一番に負けて、殿山泰司から預かった金も奉納する刀もスってしまうのでした。

これでは親分に頭が上がらない、慌てて清水に駆け戻った藤田進は、轟夕起子からヤクザを辞めるという条件で借金をしました。再戦で大負けした志村喬は、卑怯にも藤田進を大勢で襲撃し嬲り殺しにします。瀕死の藤田進は母の飯田蝶子のところへに死にもの狂いで舞い戻り、轟夕起子と殿山泰司への返済分を握りしめたまま死んでしまいました。

今度は藤田進の弔い合戦があるようです。清水の次郎長の子分・三井弘二は手柄をあげるんだ!と息せき切って駆けていくのでした。

バカは死ななきゃ治らない、という定説のとおり藤田進の生涯を思いやる轟夕起子でありました。

生活苦からヤクザになって、結末は悲劇的な死、朴訥を通り越した硬直芝居の藤田進に森の石松の役は如何なものか?とも思いましたが、ヤクザを賛美しない映画ですから、愛嬌のないリアルな森の石松像だったと言えないこともなさそうです。

2012年09月02日

【追記】

※本文中敬称略


このページのてっぺんへ

■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2012-09-02