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むかしの歌


■公開:1939年

■制作:東宝

■制作:

■監督:石田民三

■原作:森本薫

■脚本:森本薫

■撮影:山崎一雄

■音楽:

■美術:

■照明:

■録音:

■編集:江原義夫

■主演:花井蘭子

■寸評:

ネタバレあります。


江戸から明治となって間もなく、まだ国内に最後の内戦の火種が残っていた頃のお話です。

大阪の廻船問屋の主人・進藤英太郎は西郷隆盛の挙兵に乗じて大儲けしようと店の金を株の購入に投入、従業員たちは心配しますが進藤英太郎の耳には入りません。一人娘の花井蘭子の三味線の腕前はプロ級、それもそのはず、家庭には温かみがなく両親との仲もうまくいっていないので、夜でも昼でも気晴らしに三味線三昧だから。そうです、花井蘭子は進藤英太郎の妾の娘なのです。

油問屋の若旦那・藤尾純と花井蘭子は幼馴染で親同士が決めた許嫁ですが、花井蘭子は好き勝手なライフスタイルの現状を維持したいらしく、藤尾純はそんな花井蘭子を危なっかしく思っています。

行きずりの車夫に身体を売ろうとした若い女・山根寿子を助けた花井蘭子は山根寿子を妹のようにかわいがり、彼女を家に同居させました。山根寿子の家では、時代の波に乗り損ねた貧乏士族の父親が西郷隆盛の決起を信じて貧乏生活、母親は山根寿子が廻船問屋にやっかいになっていることを藤尾純から聞くとにわかに顔色が変わりました。

藤尾純は最初に山根寿子を見たときからピンと来ていましたので、花井蘭子を山根寿子の母親に引き合わせたところ、実はその母親こそが彼女の本当の母親、つまり進藤英太郎の元妾でした。

混乱した花井蘭子は山根寿子に手紙を持たせて藤尾純の家に行かせました。山根寿子は自分のことを妹のようにかわいがってくれた花井蘭子の態度が急に変わったので驚いていました。彼女は藤尾純の家にしばらくの間、やっかいになるようです。

ついに西郷隆盛が決起したとの報が入り、山根寿子の父親は花井蘭子が恵んでくれた金を最初は拒絶しましたが、侍としての最後の花道を飾るためにその金をワシ掴みにすると、大阪を去っていきました。山根寿子は藤尾純の家で、生まれて初めて安定した穏やかな普通の生活を手に入れました。藤尾純もまんざら彼女のことが嫌いではないようですが、花井蘭子のことも心配しています。

西南戦争は終わりました。進藤英太郎が購入した株は紙切れ同前となり、廻船問屋は倒産、家財道具一式は二束三文でたたき売られていきます。かつて髪結い・沢井三郎が予言したとおり、花井蘭子は花街で稼ぐことになりました。藤尾純との縁談もすでに破談、花井蘭子は山根寿子のことを藤尾純に頼みました。

花井蘭子は男らしく、藤尾純は女らしく、互いに想いをよせながら、花井蘭子は素直になれず、藤尾純は踏ん切りがつかず。

大阪言葉のぽんぽんとしたやりとりに身を任せていると、産みの母親にあえてうれしい心と、自分を捨てた母親への恨みがないまぜになった花井蘭子のまったく言葉にならない心の乱れに共感しすぎて胸を締めつけられてしまいます。

物語がゆるやかになるところでは台詞が雄弁に、大きく動くところでは必要最小限の、ひょっとしたら一言の台詞もない映画というのが良い映画だと思っているので、この映画はきわめてすぐれた画の映える映画です。

実家が没落してひとりぼっちになった花井蘭子が生みの母親とかわす無言の別れに泣かない奴は鬼でしょう。

良い映画です、文句なしです、花井蘭子の押絵の羽子板みたいな顔に涙腺が崩壊しました。気のいい藤尾純は戦後も東宝で活躍し「美女と液体人間」では白川由美にビンタをいれたせいで液体人間に食われてしまうチンケなギャングでしたが、戦前からの大ベテランだったとは。

いやはや、まだまだ旧作邦画には手つかずの鉱脈が眠っているものですね。数年前にニュープリントされたので、東宝のプログラムピクチャーのおんぼろプリントに慣れていると視力が回復したような気分になりました。

2012年07月16日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2012-07-16