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落第はしたけれど


■公開:1930年

■制作:松竹キネマ(蒲田撮影所)

■制作:

■監督:小津安二郎、監督補助:小川二郎、佐々木康

■原作:ゼームス槇( 小津安二郎)

■脚本:伏見晁

■撮影:茂原英雄

■音楽:

■美術:脇田世根一、田中米次郎、角田民造

■照明:中島利光

■録音:

■編集:茂原英雄

■主演:高田稔

■寸評:平成22年現在、15分程度の短縮版のみ現存しています。

ネタバレあります。


本作品はサイレント映画です。

カンニングの仕込みしている時間があったら勉強しなさい、と思われます。

卒業を控えた大学生・斎藤達雄は仲間と一緒に今日もカンニングに精を出しているようです。馬鹿ですな、そんなもん発覚したらヘタすりゃ除籍です。

カンニングはチームワークが大切です。ケツを割った奴は追求されてしまうのです。休み時間にはサインの練習もしています。

そんなところにエネルギー使うくらいなら英単語の一つも覚えたほうが良いですが。

大柄な学生の学生服の下のシャツをカンペ代わりにびっしりと書き込んでおき、後方座席の仲間がその情報から模範解答を作成して、他の仲間と情報を共有する手口です。試験監督の先生も馬鹿ではないので、なかなか実行できません。

やっとカンニング成功、模範解答作成をしますが、回答を伝達する手段に、教授の背中にカンペを貼り付ける作戦を敢行します。腕時計を見るフリをしてなんとかカンペを剥ぎ取ろうとしますが、全然タイミングが合いません。ガックリしていると、肝心の模範解答にインクをこぼしてしまい台無しにしてしまうのでした。

悪いことは出来ないものですな。

今日も今日とて仲間の下宿先に集合し、勉強しながらカンニングの仕込みをする斎藤達雄、笠智衆山田房生里見健司、シャツの担当者は書き込む情報量を多くしたいのでノッポの斎藤達雄になりました。

みんな若いので腹が減ります。下宿屋に隣接しているミルクスタンドの看板娘・田中絹代にトーストとコーヒーの出前をリクエスト。大声出すのは近所迷惑なのか、窓の明かりを利用して学生が身体を使った影絵で「パ」「ン」を発注するのでありました。

とんねるず「みなさんのおかげです(でした)」の全身タイツコント「モジモジ(文字)くん」のルーツがこの作品だったら大笑いです。

金と学力はないけど、体力だけはある学生の皆さんであります。しかし、下宿屋の子供・青木富夫(突貫小僧)が小憎らしいばかりに、ウソ泣き連発でトーストを横取りしたりするのでありました。

こんなにノビノビとした学生たちですが、カンニングは犯罪です。残念ながら貴重なデータベースであるシャツはクリーニング屋に出されてしまいました。またもやカンニングに失敗した学生達はいよいよ卒業試験に挑戦します。

案の定、斎藤達雄は落第します。それでも仲間達と気楽に行こうぜ!的なステップを踏んで明るくあきらめたのでした。真面目に勉強していた月田一郎は落第が信じられません、学生課に粘って調査してもらいやっとこさ卒業が認められました。

悲喜こもごもの落第生と卒業生、やがて進路の明暗がくっきりとつくことになります。それは就職活動です。毎日、真新しい背広に身を包んで就職活動へ出かけていくかつての同級生を恨めしげに見送る斎藤達雄。卒業をお祝いして下宿のおばさんが作ってくれたお赤飯をヘタクソな箸使いでものすごく不味そうに食べる斎藤達雄の据わった目、田中絹代は斎藤達雄のことがとても心配です。

下宿の天井から下がる電球のコードが首吊り用のロープに見えたり、和ハサミで喉を突くマネをしたり、田中絹代と一緒にヒヤヒヤしてしまいます。

とはいえ、自分の努力不足で卒業できなかった現実を真正面から見つめる斎藤達雄。田中絹代のミルクスタンドで食べるシベリアケーキ(カステラ+羊羹+カステラ)もかなり苦い味、元後輩で現同級生のにこやかな笑顔も苦痛です。

しかしものは考えようでありました。時代は就職難だったのです。モラトリアム状態ではありますが、毎日、学校で運動部の応援にうつつを抜かせる斎藤達雄とは違い、せっかくの背広を質入しないと食費にも事欠く卒業生たち。大学のスポーツイベントのチケットも学生なら無料だけど、卒業生にはプレミア。なんとも皮肉な結果ではありました。

戦前の斎藤達雄はスタイル抜群、モデル体型の長身でカッコいいのにコミカルなアクションもイケてます。この人の芝居が上手いと思ったことはただの一度もありませんが、むしろ斎藤達雄から醸し出されるでしゃばり過ぎない飄々とした空気感が小津監督にはお気に入りだったのかもしれません。

斎藤達雄を慰めるために落第は立派なことだと間違った教育をされた青木富夫が、ウツ状態にある斎藤達雄をさらにどん底へ突き落とすところがものすごいブラックユーモアであります。小津安二郎はこういうところが妙に突き放す感じなのですが、きっと当時の当事者の精神状態がそのようなものだったからなのでしょうね。

2012年05月13日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2012-05-13