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残菊物語(1939年)


■公開:1939年

■制作:松竹

■総監督:白井信太郎

■監督:溝口健二

■原作:村松梢風

■脚本:依田義賢

■撮影:三木滋人、藤洋三

■音楽:深井史郎

■装飾:菊田常太郎、荒川大

■光線:中島末二郎

■録音:志木田隆一

■編集:河東與志

■主演:花柳章太郎

■寸評:

ネタバレあります。


この映画はダメですよ、見た後にクタクタになってしまいます、切なくて苦しくてたまらなくなります、そして何より70年以上も前の映画なのに圧倒的に過ぎて新作映画に高いお金を払うのが馬鹿馬鹿しくなってしまうのですよ。

そんな溝口謙二の「残菊物語」を日のあたらない邦画劇場で取り上げるのはいかがなものか?という気もしますが。

ところで、歌舞伎の話ですが、主演は新派の花柳章太郎。門閥家柄が幅を利かせて、結果的には歌舞伎界って閉鎖的で嫌な感じだとはっきり言っちゃってる映画なんですが、歌舞伎の人たちはかなり腹立つんじゃないかと思われます。

長谷川一夫のと、こっちとどっちが好きか?と訊かれたら、こっち。市川猿之助&岡田茉莉子のと、こっちとどっちが好きか?と訊かれても、やっぱ、こっち。

若手歌舞伎俳優の菊之助・花柳章太郎のお父さんは五代目菊五郎・河原崎権十郎です。お父さんと比較されるハンデを加味しても、菊之助はちやほやされすぎで、若い頃から遊びを覚えてしまい、諫言や句点を呈してくれる人もおらず、陰口を叩かれていました。

おまけに菊之助は養子でしたが、五代目には現在は実子があります。継子イジメと思われても困るということで五代目もあまりキツイことは言えない事情もありというところでしょうか。

実子の乳母のお徳・森赫子は菊之助の慢心を心配して親身のアドバイス、つまりはかなり辛らつは「ダメ出し」を勇気をもってしてくれたので、菊之助はすっかり彼女を信頼しました。わりと素直な菊之助、将来に希望が持てそうです。しかしながら、言われてすぐに修正ができるくらいなら芸事に苦労はしません。

お徳との仲もとやかく言われて逆ギレした菊之助。とうとう親友の中村福助・高田浩吉の目の前で壮絶な親子喧嘩をした菊之助は自分ひとりでやってみせる!と宣言して、家を出てしまいました。

お徳はすでに乳母を解雇されていたので、菊之助は彼女の実家まで追いかけますが、すでに菊五郎の家から手が回っており、お徳は姿を見せません。

大阪の尾上多見蔵・尾上多見太郎、多見二郎・花柳喜章の父子を頼った菊之助ですが、ブランド力の無い関西方面では、彼の低水準な芸にブーイングの嵐です。興行主も代役立ててくれと、相当に失礼なお願いをする始末です。しかし、多見蔵父子がフォローしてくれたのでなんとか出演を続けられていましたが、共演の役者達からはミソッカス扱いでした。

失意の菊之助のところへお徳が駆けつけました。つまり、二人は駆け落ち夫婦となったのでした。

お徳と菊之助は、親切な按摩さん・志賀廼家弁慶とおつるちゃん・最上米子の父娘の家の屋根裏に下宿して、倹しいながらも新婚生活をエンジョイ。しかし収入が少ないのは如何ともしがたく、お徳のお裁縫の内職に頼る日々でした。

多見蔵が急逝すると、菊之助はドサ周りへの転職を勧められてしまいます。お徳が無理して買ってくれた豪華な鏡台を残して、二人は旅回りになりました。

荒んだ生活でしたが、もともとは才能があった菊之助です。ちゃんと評価してくれる環境が無いので、本人は気がつきませんでしたが、だんだんと芸のほうは磨かれていました。しかし、このままではせっかくの修行の成果が実りません。歌舞伎の業界は家柄が命。

お徳は意を決して、東京の菊五郎のところへ行き、菊之助の復帰を願いました。非情な交換条件を突きつけられたお徳は、菊之助の将来を優先して身を引きます。

復帰した菊之助の芸は大好評で、菊五郎も安心します。しかし、姿を消したお徳のことを忘れられない菊之助でした。

舞台の上で華々しい活躍をする菊之助、奈落ではお徳が懸命に舞台の成功を祈ります。花柳章太郎の貴重な女形の舞台の上と、真っ暗な奈落で丸く小さな肩で祈る姿が二人の未来を暗示します。

自分のために身を引いたお徳のためにも、いっそう努力の菊之助。そして、あの懐かしい大坂へ凱旋することが決まります。懐かしい屋根裏部屋にたどり着いていたお徳はすでに身体を壊していました。

按摩さんの知らせを受けた菊之助は、菊五郎の許しを得て、病床のお徳に再会しますが、船乗り込みをキャンセルしてはいけないというお徳を残して菊之助は去ります。お徳は、菊之助の晴れ姿を按摩さんに見てきて欲しいと頼みます。お徳には見えないはずの菊之助の姿が見えていたのでしょう。おつるちゃんが薬を持って来たときには、すでに彼女は息を引き取っていました。

お徳は「尾上菊之助」に惚れ抜いて、ひょっとしたら菊之助本人よりも、誰よりも「尾上菊之助」の惚れていたのではないでしょうか。それが故に、理想の「尾上菊之助」と現実の「尾上菊之助」の間に挟まれて、押しつぶされてしまったように見えました。

頑迷なジジイかと思った菊五郎ですが、彼は人の親であると同時に、大名跡を継承するという使命があり、世間体の縛りもあり、非人情にも思えましたが最後には、菊之助に「女房に会って来い」という血の通った人間味がグッと来ます。優しい言葉で軽々しく慰めたりはしないのです。できないのです。

芸道物というのは、殉教者の物語なのだと思いました。

最後に、寝ている(はずの)お徳の枕辺に、何も知らないおつるちゃんが声をかける、お願い、声をかけないで!だって、たぶん・・・舞台演劇のようなギリギリまでの長回し、花柳章太郎の意地と溝口健二の意地が火花と散らす、あー、くたびれた。

2012年02月05日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2012-02-06