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真昼の暗黒


■公開:1956年

■制作:現代ぷろだくしょん

■制作:山田典吾

■監督:今井正

■原作:正木ひろし

■脚本:橋本忍

■撮影:中尾駿一郎

■音楽:伊福部昭

■美術:久保一雄

■照明:平田光治

■録音:空閑昌敏

■編集:

■主演:草薙幸二郎

■寸評:後に東映東京撮影所の常駐俳優となる、河合絃司が「河合源次」名義で出演。特撮物で御馴染みの幸田宗丸の若い頃も確認。

ネタバレあります。


正直、死ななくて良かった、死刑が執行されなくて良かったと、心から思いましたよ。

と、同時に、冤罪、捏造で死刑が確定して処刑されている事例が、ほぼ確実に存在するんだという確信も持ちました。それは、誰もが冤罪の被害者や加害者になりうることが、この映画の一番、怖いところだと思うからです。

遊郭で豪遊していた男・松山照夫が、資産家の老夫婦を惨殺して、夫婦喧嘩の果ての心中に見せかけたらしい強盗殺人容疑で逮捕されました。あまりにも凶悪で、死体を首吊り自殺に見せかける細工は一人でできるはずがないと、監察医・久松保夫の判定もあって、警察は複数犯だと思い込んでしまいました。

犯人の松山照夫は、複数犯で自分が従属的な立場となれば死刑を免れるかもしれないと、取調べの刑事たちに吹き込まれて、また、自分でもそう思い込むことにより、友達4人・草薙幸二郎矢野宣牧田正嗣小林寛を共犯者だと証言しました。

警察は事件が大掛かりなほうが手柄の評価も高くなるということらしく、特に司法主任の加藤嘉は絶対に複数犯だという自説を完成させるために、容疑者達に拷問や虐待を繰り返して、取調べを行い、調書に拇印を押させてしまいました。

自供が最有力とされる時代のお話ですから、裁判では主犯とされた草薙幸二郎が死刑、他の被告は懲役または無期懲役にされてしまいます。

草薙幸二郎の完璧なアリバイを証言するはずだった巡査・下元勉は、特進をエサにされてウソの上申書を作成します。裁判でも、良心の呵責で微妙にブレが生じますが、徹頭徹尾、警察の構想どおりの証言をしました。

殺人犯の身内とされた家族は、息子や兄や弟の無実を信じます。しかし、中には世間体を気にして、とりあえず被害者の家の人に謝っといたほうがいいと主張する親族・山村聡もいますが、彼らの母親達は絶対に子供を疑わないのでした。

制作当時は、まだ裁判中だったそうですが、焦点となっているのは警察の強引な取調べです。特に刑事たち・幸田宗丸織田政雄らの暴力はすさまじく、ビンタのほとんどは当てています。とてもデリケートな内容なので、邦画大手がビビったのもそうですが、演じる俳優たちはたまったもんじゃなかったと思います。ビンタするほうも、されるほうも必死の形相というのが、監督のねらい目だったとしても。

そら、顔をマジで張られるんじゃ、有名どころのスタアさんは使えませんわな。

内縁の妻・左幸子や母親・北林谷栄らがアリバイを証言しますが、身内の証言には信憑性が無いということで、採用されません。

草薙幸二郎の母・飯田蝶子は、敏腕弁護士・内藤武敏菅井一郎による事件の犯行時間と実際の行動があまりに矛盾している点を指摘して、陰険そうな(でも優秀そうな)検事・山茶花究を論破したかに見えたのですが・・・

裁判官・芦田伸介や弁護士も、事件の証人たちを訪問して徹底的にヒヤリングしていきますが、決定的な証言は巡査の証言だったので有罪判決は二審まででは覆りませんでした。

それどころか、単独犯で、あきらかに死刑になるはずだった松山照夫は、無期懲役に「減刑」されたところで上告を断念して刑が確定。一事不再理の原則が適用されて命拾いをしていますから、その後ですぐに、真実を告白してくれたらと思うとやりきれません。

結局、現実では他の4人は13年もかかって無罪が証明されたんですね。

ラストの飯田蝶子と草薙幸二郎のアップは号泣ですよ、いや、単にお涙頂戴というのではなく、子供を本当に最後まで守ってやれるのは母親なんだなということで、その切なさとやるせなさで。良くも悪くも、ですけれど。

「まだ最高裁があるんだ」という叫びが本当になって、だけど何回もやり直しさせられて、つくづく死刑が執行されなくて本当に良かったと思いました。人は間違う生き物だなんて、甘いですよ。人が間違いやメンツで殺されたらたまらないですもん。

2012年01月29日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2012-01-29