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故郷は緑なりき


■公開:1961年

■制作:東映

■企画:原伸光

■監督:村山新治

■原作:富島健夫

■脚本:楠田芳子

■撮影:林七郎

■音楽:木下忠司

■美術:中村修一郎

■照明:銀屋謙蔵

■録音:加藤一郎

■編集:田中修

■主演:水木襄

■寸評:

ネタバレあります。


1965年日活で舟木一夫が主演でリメイクされる「北国の街」と原作が同じ。日活と東映、舟木一夫(痩身)と水木襄(ぽっちゃり)、和泉雅子(カワイイ!)と佐久間良子(エロい!)、山内賢(爽やか)と滝川潤(ワイルド)、根岸一正(小柄)と露崎満長(ノッポ)、葉山良二(早世)と三國連太郎(長寿)双方の違いもまた味わい。

働きながら東京の大学に通っている青年・水木襄は久しぶりに故郷へ帰ります。そこには高校在学時代に結婚を誓ったけど、水木襄が大学へ進学するため上京するので離れ離れになった恋人・佐久間良子が待っていてくれるはずです。

かつて、男女交際が厳しく制限されていた戦争直後の田舎の高校生だった水木襄は、買出しの大人で超満員の汽車でおさげ髪(きゃっ!)でセーラー服(きゃあっ!)の佐久間良子と知り合います。

可愛くて唇がグッとくる佐久間良子を見てハートをワシツカミニされた水木襄の家は極貧、引揚者なので経済的に苦しく、おまけにお母さんは亡くなっており、お父さん・加藤嘉はダルダル、お兄さん・中山昭二の闇物資でなんとか食いつないでおりました。

同じクラスの不良・滝川潤は乱暴者でしたが硬派でハートが熱いヤツでした。彼の助言によると上級生のヘタレ不良ボス・露崎満長が佐久間良子にオカボレしてあっさりフラれたにもかかわらず食い下がっているらしいです。カワイイ系の水木襄ですが、猪突猛進タイプなので不良ボスとタイマンしてもいい勝負、おまけに一回は馬乗りになってボコボコにしてしまいました。

お、やるじゃん!水木襄!と、ここで「忍者部隊月光」を思い出すのは昭和生まれの証拠です。

障害が多いほど若い恋人は燃えるのですが、そこへ二人の交際を学校にチクったと担任の先生・三國連太郎から言われた水木襄、おまけに同様の投書が佐久間良子の学校にも届いてるそうです。言うの忘れてましたが二人が通っているのはそれぞれ男女共学ではなく、男子校と女子高です。

お父さんも亡くなって一人暮らしの水木襄のところへ足しげく通ってしまう佐久間良子。一度はキメかかったのですが、恥ずかしがりやさんの佐久間良子が抵抗、よよと泣き崩れる水木襄、だがしかし、佐久間良子も泣きながらですが戻ってくるのでした。

さすがにそのものズバリのシーンはないが「制服のホックはずしたら白い下着がチラ見え」は東映ならではのリアリズムであると言う事にしておきます。

とうとう不良ボスと硬派の滝川潤たちの抗争が勃発、死人と重傷者が出てしまいました。暴力否定の水木襄はあとで乱闘に参加したのではないかと警部・織田政雄に詰問されましたがそれは間違いだったと判明します。

なんだかんだで大学進学を決意した水木襄は東京から乗った汽車で、今では男女の恋愛がオープンになった時代の変化を実感しつつ、ああこれでやっと佐久間良子とイチャイチャできる(注:映画の中ではもっと文学的な表現です)と大喜びで駅に到着、しかし、そこで出迎えたのは中山昭二だけでした。

いきなり死んじゃう佐久間良子。ただでさえ表情の変化が乏しい水木襄ですが、お墓の前で、佐久間良子の姉で正直なところ妹よりもかなり美人な大川恵子に慰められるとさすがに号泣。

たった4年前、世間の常識が高校生同士のお付き合いを認めてくれていたら、あんなに苦労しなかったのに、佐久間良子連れて東京に行けてれば、急逝させなかったのに、時代のせいだと思いつつ、自由な戦後を謳歌できて本当に幸せなんだと実感できる映画です。

で、日活版のほうを観たときは、そもそも男女の青春が大人の常識を打ち破るのが会社の方針ですから、それほど時代の倫理観によって若いカップルが苦労しているようには見えませんでした。東映はさすがにそういうところのツボを押さえておりました。

ま、正直なところ佐久間良子のセーラー服でモテない男子の観客を呼ぼうとしているわかり易さが東映版、舟木一夫のスタア映画だけどそこに芝居の上手い和泉雅子と山内賢を投入して拡張アップの日活版というのが個人的な判定結果でした。

ただし、貧乏学生にしては栄養過多、小太りなのはいかがなものか?水木襄。そこは舟木一夫のほうが設定にマッチしてましたけどね。

2012年01月08日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2012-01-09