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いろはにほへと


■公開:1960年

■制作:松竹

■制作:深沢猛

■監督:中村登

■原作:橋本忍

■脚本:橋本忍、国弘威雄

■撮影:厚田雄春

■音楽:黛敏郎

■美術:芳野尹孝

■照明:石渡健蔵

■録音:吉田庄太郎

■編集:浜村義康

■主演:佐田啓二

■寸評:

ネタバレあります。


いろはカルタは生きるヒントを与えてくれる「ことわざ」「教訓」で構成されております。

本作品は実在した匿名組合保全経済会が起こした詐欺事件がモデルになっているそうです。現在では、不特定多数に「必ず儲かる」といううたい文句で資金集めをするのはダメだという法律があるそうなので、この映画のとおりにやったら即、アウトらしいです。

タタキや殺しのように派手でわかりやすい捜査一課と違って、伊藤雄之助が所属している二課は、金銭犯罪がメインなので、逮捕に至るまでの経緯が地道で苦労が多い割には量刑が軽め。刑事ドラマあたりに憧れて刑事職になった人にとっては割喰った感の強い職場です。

伊藤雄之助と諸角啓二郎は、若くして投資経済会の社長になり、マスコミの寵児となっている佐田啓二を追っています。

とてつもない高配当を約束して出資者から金を集めて株屋不動産に投資するビジネスを提唱している佐田啓二は、潤沢な資金がゆえにそれを目当てに群がる実業家・北竜二たちをせせら笑います。傲岸不遜な佐田啓二の態度を苦々しく思っても、金の力には勝てません。

佐田啓二ったら昔からそんなにヤなヤツだったのでしょうか?

敗戦直後の混乱期の日本。復員してきた佐田啓二は元は優秀な保険のセールスマン、仕事仲間の三井弘次は元テキ屋、宮口精二は佐田啓二の上司だった人です。一生懸命努力しても信用が無いので報われず、戦争のドサクサで金儲けをした一部の財閥や実業家達のハナをあかしてやろうと誓った佐田啓二たちは、当時の商法を徹底的に勉強しました。

人間の作った法律には必ず抜け道があるはず、そうです、彼らはその抜け道を見つけたのです。

彼らのビジネスの動機は、貧乏人の救済だったのですが、銀行からの冷たい仕打ちを受けた佐田啓二がたどり着いたポリシーは「金で転ばない人間はいない」という、かなり歪んだ理屈なのでした。

政治家に多額の献金をしていた佐田啓二は、佐々木考丸柳永二郎に、自分たちのビジネスモデルを正当化する法律の国会で通すように働きかけをしますが、政治家は佐田啓二のようにピュアではないので「研究中」だと言うのみで前に進まないのでした。

政治家の「善処します」が社交辞令であることを、佐田啓二は知りませんでした。

執拗に佐田啓二の身辺を洗う伊藤雄之助に手を焼いた宮口精二は、彼を買収しようとします。しかし伊藤雄之助は欲をかいて失敗する人間をイヤになるほど見てきたせいで、賄賂のようなものには一切、手を出さないのでした。安月給なので目の前に積まれた現金に胸がときめかないわけないですが、母・浦辺粂子の「人生はいろはかるたでやるのが一番」という教育方針に従って買収されませんでした。

宮口精二は伊藤雄之助が通い詰めている飲み屋の女将・藤間紫まで動員しましたが「さわらぬかみにたたりなし」伊藤雄之助には通用しませんでした。

金が回っているうちはよかったのですが、ひとたび株安なんかに直撃されると、資金繰りが苦しくなるのが投資会社というモノです。

つれなくした公共事業への投資の話もすでに立ち消えており、佐田啓二の会社はあっというまにショートしてしまいました。あれほど佐田啓二にチヤホヤしていた貧乏人な出資者は、鬼のような形相で取り付け騒ぎを起こしました。

国会を、例の法案が通ることが最後の望みでしたが、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、政治家達はいっせいに音信不通になりました。

万事休すの佐田啓二、突然の休業宣言の後、彼は伊藤雄之助たちに詐欺罪で逮捕されたのでありました。

二枚目の知能犯というのは不気味で冷酷でピカレスクロマンを感じさせるのですが、本作品の主人公の場合は、長い人生の風雪によって培った悪の哲学ではなく、世間知らずのガキが頭を殴られて脊椎反射的に盛り上がった熱意がモチベーションですから、海千山千の連中に結果としていいように手玉に取られただけなのです。

佐田啓二から甘い汁を吸い続けた連中は無傷のまま、金を出した一般庶民だけが大損こいたので、挙句には自殺者まで出てしまいました。

もしも、佐田啓二たちに同情すべき点があるとすれば、自分たちだけが儲かれば良いと言う動機ではなかったこと、それに結果がついてこなかったということでしょうか。

彼らのように金と名誉を手に入れたいと思っている若者たちから、金と時間を吸い上げる汚い大人たちはいなくなりませんので、この手の時間は無くならないのですね。

観終わって陰々滅々になるかと思いきや、死刑になるわけでもない三井弘次は、元のテキ屋に戻って今日もまたたくましく商売を続けるのでありました。

人間って逞しいなあ。

2011年12月18日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2011-12-19