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悪の愉しさ


■公開:1954年

■制作:藤本プロ、東映

■制作:藤本真澄

■監督:千葉泰樹

■原作:石川達三

■脚本:猪股勝人

■撮影:西川庄蔵

■音楽:黛敏郎

■美術:田辺達

■照明:元持秀雄

■録音:岩田広一

■編集:

■主演:伊藤久哉

■寸評:

ネタバレあります。


しょぼい悪事を積み重ねるうちに、自己肥大化が止まらなくなり破滅する男の物語。

ウジウジした二枚目といえば森雅之の十八番、狡猾ではなもちならない二枚目といえば伊藤久哉の十八番。ま、伊藤久哉は本作品がデビューだからまだ色はついてないのですが。

本作品の見どころは二人のキャラが入れ替わっていること。

勝気な妻・杉葉子との間に娘が一人いるサラリーマン・伊藤久哉はうだつの上がらない一般職。現在はセレブの未亡人・東郷晴子が所有する屋敷の離れを借りています。持ち家なんて夢のまた夢、そろそろ追い立てを食らっていますが、その理由は杉葉子と未亡人のソリがあわないから。ますますキモチがブルーになっていく伊藤久哉です。

この映画は伊藤久哉のシニカルなモノローグで進行します。

古い友人で不動産業やブローカーをしている森雅之は、ビジネスにおいても女性においても辣腕家です。伊藤久哉は羨ましくも妬ましくもあるのですが、飲み屋に行けば金回りのよい森雅之がおごってくれたりするので便利なお友達でもあります。

そんな伊藤久哉にも恋人がいます。彼女は会社の秘書課に勤務している久我美子です。しかし彼女は近日中にエリート社員の船山汎と結婚するので、妻子持ちで将来性の無い伊藤久哉との関係は無かったことにしたくてたまりません。社員旅行で酔っ払ったイキオイで一夜の過ちを犯してしまい、伊藤久哉のほうは未練タラタラですが、久我美子としてはあと少しで手に入る金星をこんなケチでフイにされては困るのです。

結婚に負け、甲斐性も無く、男としての魅力も全面否定された伊藤久哉の根性がこれで曲がらないほうがおかしいというモノです。

会社の同僚・伊豆肇から競馬の借金をしていた伊藤久哉は、伊豆肇が病気で休職になったのをこれ幸いに、借金を踏み倒そうとします。しかし伊豆肇の奥さん・千石規子が会社へ返済をしてもらいに来ますが、千石規子がトロいと見るや、早速、彼女に酒を飲ませてその場をごまかしてしまいます。

小さな悪事をコツコツ積み重ねてきた伊藤久哉が次なるターゲットと定めたのが、未亡人の東郷晴子です。杉葉子を悪者にしてベタな泣き芝居で未亡人の同情を買うと、その場でヤッてしまいます。後家さんのパトスに火をつけた伊藤久哉は自分に悪事の才能があるんだと勘違いをし始めるのでした。

杉葉子が旅行するらしいです。ところが偶然、森雅之も同じところへ旅行に行くらしいのです。浮気をしている人間は他人の浮気にも敏感です。伊藤久哉は森雅之を良く知っているバーの女給が新宿で二人の姿を目撃したという証言を得て、妻と森雅之の弱みを一気に握ってしまいます。

久我美子のほうにもトラブルが発生していました。エリートだと思っていた船山汎が実はギャンブルが大好きで、しかも下手の横好きだったので会社の金をかなり使い込んでいました。久我美子は決心します。自分の身体めあてに大金を都合してくれそうなのは、伊藤久哉なので、これもビジネスだと思って一発ヤラせてやれば喜んで金を持って来るに違いない。

カトンボみたいにガリガリで、可愛い顔してるくせに、久我美子ったらなんて大胆なんでしょうか。

伊藤久哉はバーでアリバイ工作をしてから、森雅之を自動車の中で絞殺し、懐に入っていた大金を強奪します。その金を久我美子に渡すと、彼女は何の感慨も抱かずにさっさと服を脱いで布団へGO!それでも喜ぶ伊藤久哉は念願かなって彼女をモノにしたような気分になるのでした。

チンケな伊藤久哉のアリバイは優秀な日本警察・加藤嘉岩城力(力也)によってあっさり崩されてしまい、彼は逮捕されてしまいます。もちろん彼としても、夢の中で得体の知れない女(実は事件を目撃していた病院の患者・中野かほる)に追い回されていました。

犯罪者は雄弁、沈黙は金。彼は所詮、小物なので悪党になりきれず、罪悪感に苛まれて結局は墓穴を掘ってしまったわけです。杉葉子からは離婚され、伊豆肇が拘置所へ持って来たのは解雇通知でした。

取調べの刑事に「おまえ、死刑になっても遺書書く相手がいないんだなあ、可哀想に」って同情してるんだか、傷口に塩を塗りこんでるんだか判りませんが、検察庁に送られた伊藤久哉は、取調べの最中に窓から投身自殺を図って死んでしまいました。

何のために生まれてきたのか、何のために生きてきたのか、おそらく彼ははじめて自分の人生について、人間の幸福について真面目に考えたのでしょうが、残念ながら時が遅すぎました。

悪いことのできない男が、たまたま悪事に成功してしまい、調子に乗って自滅する。身の程知らずというのは簡単ですが、人生には誰にでも、こういうエアポケットが一つや二つは潜んでいるのでしょう。ほとんどすべての人はそれに気がつかないか、気がついても避けるわけです。

この映画が秀逸なのは、男が死んだ後もモノローグを続けることです。モノローグは彼の良心、魂の声だったのかもしれませんね。

2011年06月12日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2011-06-12