昨日消えた男 |
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■公開:1941年 ■照明:藤林甲 ■録音:安恵重遠 ■編集:後藤敏男 |
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アルフレッド・ヒッチコックの「ハリーの災難」は、死因が不明の男・ハリーの死体が、あっちこっちへ埋められる話ですが本作品も同じように、被害者は死んだ後で気の毒な目に遭います。 時代は江戸、大塩平八郎の乱が起こった頃。 ドブ板長屋の因業大家・杉寛は店子に金を貸していて、その取立てが慇懃無礼で、とても嫌な感じであり、実際に厳しくて首をくくった人もいるらしいため、いろんな人に嫌われたり恨まれたりしています。 今日も今日とて、初老の浪人・徳川夢声の娘・高峰秀子を借金のカタに「売ればいいんじゃね?」くらいな重い話をヘラヘラするので、キレた徳川夢声はうっかり返済期日を約束させられてしまうのでした。刀を抜きかけた侍を目の前にしても「斬ればあ?」くらいなふてぶてしさの杉寛、ただの民間人とは思えません。実際、ただ者ではなかったのですが。 長屋の店子達も、家賃滞納者が多いため大家には逆らえません。そこへ「大家をぶち殺して、死体に『かんかんのう』を踊らせてやる」と、まるで落語の「らくだ」のような豪快なタンカを切って、最近越してきた若い遊び人・長谷川一夫が登場します。 彼に惚れている芸者・山田五十鈴はたしなめますが、彼はますます大家を挑発するのでした。 長谷川一夫のステータスを知らないと、いきなり出てきた濃い顔の小太りのオッサンが踊り出すのはとても驚きますが、この人は日本映画で最高の二枚目俳優だったということを、よい子のみなさんは知っておきましょう。 ある夜、酔っ払った人形職人・鳥羽陽之助が倉庫の中で大家の死体を発見します。あわてて近所の飲み屋で小休止中の岡引・川田義雄を呼んできますが、死体は消えていました。すっかり酔いがさめた人形職人が公務執行妨害で説教されていると、別の場所で死体が発見されます。大家の死体が、長屋の塀に「かんかんのう」の格好をして括りつけられていたので、長屋の一同はすぐに長谷川一夫を疑いました。 山田五十鈴は彼の疑いを晴らそうと捜査妨害を試みますが、長谷川一夫に止められます。同じように、金を工面できないはずの父親のことを犯人だと思い込んだ高峰秀子も同じ行為に及びます。 実は真犯人は意外な人物で、単なる強盗殺人や怨恨によるものではなく、大掛かりな組織の内輪もめであったことが、さらに意外な人物によって明かされるのでした。 てか、意外でもなんでもないんですけれどね。真犯人はビジュアルですぐ分かります。あとはそこまで、どうやってたどり着くかです。 で、事件の真相をあばく人ですが、これは長谷川一夫に決まっていますので、この人が何の某だったのか?というのをまず最初に「チラ見せ」し、さらに、有能ではないですが善良な(マキノ監督の映画に出てくる人はこういう人が多い)岡引を狂言回しにして、何気に何度もしつこく正体を明かします。 タイトルにそのものズバリのシリーズ名をつけてしまうと、あまりにもネタバレなので、ちょっとミステリアスなタイトルになっているのもそのせいです。 結局のところ、それは死体損壊だと思われる人は無罪、捜査妨害と公務執行妨害もおとがめなし、証拠隠滅と窃盗も自首したからセーフ、ただ、真犯人に直接コンタクトした錠前屋・清川荘司は気の毒ですが返り討ちにあってしまいます。 冒頭にキャスト顔出しのクレジット、これは親切。飲み屋の親父・進藤英太郎、現代で言うならばもっとも世相を的確に読み解く評論家であるタクシーの運ちゃんに相当する駕篭かきコンビ・渡辺篤、サトウ・ロクローのシーンブリッジ的なギャグ。わかりやすい絵柄と、テンポのよさ、それに天下の二枚目と美女である長谷川一夫とベルさんが客席に向って「べーっ!」と舌を出すサーヴィスカットもついてきます。 さらに、ベルさんの顔を平手で猫ビンタする長谷川一夫の行為は、彼の女性ファンの溜飲を下げるための手段の一つと解釈されます。そんなことしていいのは映画の中でも長谷川一夫だけでしょうから、このシーンは希少です、と言うことにしておきます。ある意味、この二人は「ライヴァル」といえない事もないので。 人形職人が作った等身大の人形がデコちゃんそっくり、ていうか、当時のデコちゃんがまるで日本人形みたいなのですが、亭主の偶像崇拝的なヲタク行為に怒りを爆発させる女房・清川虹子の破壊力も見どころの1つでありました。 しかし、投げた小柄を素手で空中キャッチはいくらなんでも無理だと思いますが。 (2011年01月23日 ) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2011-01-24