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ふんどし医者


■公開: 1960年

■製作:東宝

■製作:田中友幸

■監督:稲垣浩

■脚本:菊島隆三

■原作:中野実

■撮影:山田一夫

■音楽:団伊玖磨

■美術:中古智

■録音:西川善男

■照明:小島正七

■編集:

■主演:森繁久彌

■寸評:

ネタバレあります。


ふんどし医者と言ったって、年中そんな格好してるわけじゃない、そりゃ変態か狂人だ。

江戸時代の終わりごろ、大井川の傍の小さな宿場。腕のいい町医者・森繁久彌の、不釣合いなほどの美人の奥方・原節子の趣味は博打。おまけにボンクラなので負けてばかりだ。同行している森繁久彌がいつも下帯ひとつになってしまうので、ついたあだ名が「ふんどし医者」なのだった。

流れ者の半五郎・夏木陽介は宿屋の娘・江利チエミと恋仲だったが、ヤクザ・中谷一郎石田茂樹とトラブルになり刺されて重症を負う。腎臓摘出の大手術で一命を取り留めた夏木陽介だったが、あまり長生きできないぞと言われて、ヤケになりまたもや喧嘩。しかし、仲間の高原俊雄堤康久が腰抜けだったので怖くなり、ふんどし医者の家に逃げ込んだ。

森繁久彌がふんどし医者になったのは、長崎から江戸へ向う途中、大井川の川止めで足止めを食っている間に、地方の医療体制が劣悪であることに直面したため、長崎で一緒に医学を学んだ医学生・山村聡の誘いを断って、江戸へ行かず、この地に留まったことによる。実は山村聡に惚れていて、大井川まで追っかけてきた原節子であったが、川止めが解除されたため一足先に山村聡が旅立ってしまい、エリートコースをなげうって地域医療に一生を捧げる決意をした森繁久彌の姿に感動して妻になることを選んだのであった。

夏木陽介は森繁久彌に弟子入りしようとするのだが、ふと思い直して、自分の努力だけで医者になる道を選ぶ。おお、大したもんじゃありませんか!近頃のニートやらなんやらに爪の垢を煎じて飲ませたい。

月日が流れて時代は、江戸から明治へ。しかし、ここ、森繁久彌のいる地方にはまだ近代化の波は押し寄せていない。そればかりか、川人足は渡し舟の整備で失職するところを、かろうじて公共工事で食いつなぐ状況。

ふんどし医者もめっきり歳をとってしまった。そこへ、西洋医学を学び、優秀な見習い医者として上海でインターンを経験した夏木陽介が帰ってくる。スンゲー立派になっちゃって!感動する森繁久彌と、彼を待ちわびた江利チエミであった。

医学は経験と技術力であるから、かつては優秀な医者だった森繁久彌も、経験則だけではやっていけないことを思い知らされる事件が起こる。腸チフスを疑った夏木陽介の診察を信じることなく、放置したため、感染者が出てしまう。病原を特定するためには、外国製の超優秀で超高額な顕微鏡が必要だ。金の工面に走った江利チエミは身体を売ろうとまでする。

原節子は一世一代の大博打。きっと賭場の親分・志村喬は、原節子が「身体を売るから」と懇願したのを見て、何かのっぴきならない事情があると分かったのだろう、わざとじゃないかと思うのだが、原節子がギリギリ勝ったので、顕微鏡を手に入れることが出来た。

実はこの顕微鏡は、東京で医大の教授になった山村聡が先に買っていたのだが、夏木陽介に譲ってくれたのだ。患者を隔離したのだが、手遅れになった最初の患者が死んでしまう。事情がのみこめない、百姓たち・小杉義男佐田豊、死んだ子供の親族・向井淳一郎らが、ふんどし医者の屋敷を破壊して、患者を連れて帰ってしまう。

あれほど、将来を捨ててまで地域に尽くした代償が裏切りなのか!と絶望する森繁久彌。かつての栄光にすがろうとしたが、すでに期待は夏木陽介のほうにあり、彼は勉強のために東京へ行くことになった。若い医者への嫉妬もあって大反対する森繁久彌。

山村聡が村の人を説得し、森繁久彌がいかに彼らのために尽くしたかを教えてくれていた。患者たちは別の場所に隔離され治療を受けており、村の人たちは深く反省して、屋敷を修理しはじめていた。怒りが収まらない森繁久彌が振上げた棒切れに「先生、ちょうどよく棒を持ってるから俺達を殴ってください」と頭を下げるシーンは泣けるぞ!

悲しいから、さあ泣け!といわれてもそうやすやすとは泣けないが、善意はいつか通じるものだ、数々の困難はあったが、誤解が解けて心が通じ合う場面には涙腺崩壊である。

稲垣浩の監督の戦後の映画で何が好きかというと、人間の善良さがもたらす幸福感である。

喘息を結核だと思い込んで、自殺しようとする名主の娘・田村まゆみ(田村奈巳)が可憐でかわいい。

2010年10月03日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2010-10-03