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いのちぼうにふろう


■公開:1971年

■製作:俳優座、東宝

■製作:佐藤正之、岸本吟一、椎野英之

■監督:小林正樹

■脚本: 隆巴

■原作:山本周五郎「深川安楽亭」

■撮影:岡崎宏三

■音楽:武満徹

■美術:水谷浩

■編集:相良久

■録音:西崎英雄

■照明:下村一夫

■主演:仲代達矢

■寸評:

ネタバレあります。


仲代達矢(38)、佐藤慶(43)、栗原小巻(26、はともかく)、植田峻(28)、草野大悟(32)、近藤洋介(38)、無理がありすぎです。

安楽亭と呼ばれる一膳飯屋は一見さんお断りです。別に高級とかじゃなくて、ヤバイ商売をしているため、奉行所のスパイが紛れ込んだりしないようにしているのです。

そこには狂犬のような定七・仲代達矢、喧嘩っ早そうな政次・近藤洋介、楊枝職人だけど実は刃物系のプロフェッショナルな由之介・岸田森、飄々としている源三・草野大悟、元武士の与兵衛・佐藤慶、正体不明の文太・山谷初男、そしてみんなからボーヤ扱いされている仙吉・植田峻(うえだ峻)、かれらはいずれもスネに傷持つ人々。

元締めの幾三・中村翫右衛門には十八になる「娘」のおみつ・栗原小巻がいますが、男たちはおみつにはアンタッチャブル。

安楽亭には密輸のウワサがしきりでしたが、奉行所の与力を抱き込んでいたので今までは手出しをされませんでした。ところが、その与力が賄賂を資金にして栄転してしまったため、幾三はちょっと心配です。そんな胡散臭い連中が目と鼻の先で好き勝手しているのを面白いと思う役人はいないので、直情径行の同心、岡島・中谷一郎は理性派の同心、金子・神山繁が止めるのを無視して安楽亭に乗り込みます。

そこで「動かぬ証拠」を目にした岡島は定七に殺されます。すでに奉行所とさらに結託している同業の灘屋・滝田裕介は幕府の大物が背後にいるため、安全無事であると同時に、安楽亭に仕事を回すふりをして、倉庫にある荷物の秘密を金子に知らせます。御三家の密輸疑惑は、金子にとっても命取りとなるため、スパイさせた民間人をあっさり斬り捨てた彼は、おとり捜査を敢行するのでした。

自分の保身のために、仲間をチンコロするなんて悪党の中でも最低の卑怯です。

灘屋のあぶなっかしい仕事には、本能的に赤信号が点る定七と幾三。ある日、商家に奉公していた富次郎・山本圭という若者が安楽亭に飛び込んできます、っつうか無銭飲食でボコられているのを見かねた与兵衛が連れて来ました。

アウトローたちと体制側のクールな対決物語かと思いきや、この、富次郎という若造は、恋人のおきわ・酒井和歌子が貧乏のあまり女郎屋に売られちゃったので、店のお金を横領して探しに出たまではよかったけど、見つからずそうこうしているうちにお金を使い果たしちゃいましたという、グダグダなボーイで、定七的には最初はイライラしてたんだけども、心身ともに脆弱なくせに、お金のためなら定七にまで斬りかかってくる、その馬鹿っぽさと一途さに、定七の心の扉が、アンロックされてしまうのでした。

おきわは、まだ客を取ってませんでした(よかったね!富次郎クン!と、ワッコちゃんファンのみんな!)が身代金が必要でした。

人を信じることが出来ず、自分のためだけに生きてきて生きることに必死で、いとしみあうことなんて感情はとうの昔に捨てちゃった、そんな男たちは、恋人のために全力な富次郎のために金を作ろうと、灘屋がもってきた危険な仕事を引き受けることにしてしまいます。

思ったとおり、罠でした。与兵衛や仲間の数人が待ち伏せしていた役人たちに殺されてしまいます。

安楽亭の近所にかつて住んでいた男・勝新太郎は、妻子に楽をさせようと出稼ぎに行って、大金を手にして戻ってきたら妻子はすでに死んでいました。その金を狙って襲い掛かってきた富次郎なんて全然怖くなくて、本気出せばぶち殺せるくらいでしたが、男は富次郎にお金をあげます。自分が果たせなかった「夢」を富次郎にバトンタッチしたのでした。

富次郎は嬉しくて、そしてお金ができたことを定七たちに知らせたくて、役人たちがウヨウヨいる安楽亭に戻ってきてしまいます。馬鹿です、馬鹿丸出しです、でも、富次郎はみんなに安心してほしかったのです。

呆れる幾三、そして逃げおおせた定七、一度は逃げたけど仲間が心配で戻ってきちゃった源三たちが、再び富次郎を逃がすために奮闘します。雲霞のごとく押し寄せる役人たちの提灯が右往左往します。幾三が頑張ります、源三が身体を張ります、その真ん中に定七がいました、絶命する寸前まで、男たちは富次郎とおきわのためにいのちを投げ出したのでした。

安楽亭の男たちは、自分たちには縁の無かった「まっとうな暮らし」を若い二人に残すために闘います。ふらりと現れた男は自分が失ったものを、これまた若い二人に託します。

生きている間に勝った負けたというのは一瞬ですが、何かを残すということには未来(さき)があります。世間からドロップアウトした人間達が、最後に賭けたのは単なる善意ではなく、自分たちの夢であったと。それを、他人の夢に託したと。何かを残せた人間をヒトは勝利者と呼ぶのであります。

安楽亭と周辺の堀に限定した舞台装置ははなはだしく演劇的であり、仲代達矢を筆頭に、俳優座、文学座、前進座、の新劇俳優で固めているせいでしょうか、芝居はまっとうだし、カツゼツ良いし、声いいし、なので技術点では満点と申せましょう。

が、しかし、設定年齢二十歳そこそこなのに、分別ありすぎなオッサンたちをあててしまったのは失敗です。演劇ならば、舞台の上と下とで暗黙的な了解事項である「赤毛もの」とか「天文学的な年齢詐称」も芸のうちですが、これ、映画なんで、アップあるし、てなわけで飲み下すにはかなりイタイものがありました。

悪役サイドまでも完璧に新劇軍団で固めたせいでしょうか、仲代達矢も限りなく舞台っぽいお芝居だったので、正直やりすぎな印象でクサミ感じちゃいました。ま、奥さんが脚本だし、好きな作品らしいんで入れ込んでるのがよくわかりましたが、いや、仲代さん、そんな入れ込まなくてもって感じでした。

クライマックスの捕縛シーンは、予定調和の中にも、仲代達矢の十八番であるパラノイアな大芝居がさすがに迫力ありました。

で、すべてが終わって、富次郎はおきわと安楽亭の跡に立ち寄り、男たちの「いのち」に感謝するのでありました。

定七が落ちたスズメを鳥かごで飼うシーン。殺し屋には鳥かご、それってジャン=ピエール・メルヴィルの「サムライ」思い出しちゃいましたが、アレと本作品の違いはスズメの生死。クールガイが女の腰を蕩けさせるためには「幼いいのち」とのカップリングが王道ということです。

2009年11月29日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2009-11-29