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必勝歌


■公開:1945年

■製作:松竹

■総指揮:田坂具隆

■製作:マキノ正博

■監督:溝口健二、田坂具隆、清水宏、マキノ正博、大曽根辰夫、高木孝一、市川哲夫

■脚本:清水宏、岸松雄

■原作:田坂具隆

■撮影:三木滋人、竹野治夫、行山光一、斎藤毅

■音楽:

■美術:

■主演:強いてあげれば佐野周二

■寸評:

ネタバレあります。


太平洋戦争の末期、戦意高揚のために製作されたのが本作品。戦争は国を挙げて一生懸命やることなので、なんとなく今観ると「北のあの国」っぽいノリが感じられてしまいますが、当時の時代の空気のようなものを感じ取るにはよろしいかと。

複数の監督とストーリーのオムニバス映画ですが、1つ1つのエピソードが明確に分かれているわけではありません。パートを振り分けているようです。

撮影時期が冬なので息が真っ白ですが、南方の戦線ではやさしい小隊長・佐野周二が突撃命令を待つ部下達と一緒に故郷に思いを馳せています。

勤労奉仕をしている少年・島田照夫は高齢の父親・大矢市次郎と母親・沢村貞子を気遣って夜なべ仕事を手伝いますが、父親はお国のために頑張るほうが優先順位が高いので早く休むように薦めます。外は大雪、列車が立ち往生します。夜中なのに村人達は「物資輸送のために雪かきをするぞ!」と出かけていくのです。

滅私奉公、当時最も推奨された行動規範であるわけですね。

飛行機が大好きな少年・沢村アキヲ(長門裕之)は親に黙って少年飛行兵に志願します。父親・坂本武は「偉いぞ!お兄ちゃんみたいに特攻で華々しく散りなさい!」と励ますのでした。

すでに特攻攻撃が始まっていて、しかも、ポジティブに取り組んで欲しいという意向だったわけですね。

首都に空襲警報です。地下の防空壕へいっせいに避難します。赤ん坊を抱いているお母さん・田中絹代は赤ちゃんが泣かないように気丈に子守唄を歌ってあげます、笑顔です。みんな頑張っているのです。兵隊さんも警官も周りの人も、泣くのをやめた赤ちゃんとお母さんを笑顔で励まします。

空襲警報の時にはこのように、見知らぬ同士がいたわりあって耐えましょうということでしょうか。つまり、もう東京なんかばかすか空襲されてましたってことですね。

軍需工場でクタクタになったノッポの工員さん・斎藤達雄とチビの工員さん・三井秀男(三井弘治)が電車の中でフラフラです。チビの工員さんのほうが周囲の人に寄りかかってしまいますが、誰一人怒りません。「大丈夫ですよ」と笑顔で工員さんをいたわります。若い衆ですが、あまりのヨタヨタぶりに席を譲ってもらいます。しかも隣り合わせた将校さん(はじめは顔が見えません)にしなだれかかってしまい、ノッポの工員さんは慌てますが将校さんは工員さんの肩にそっと手を置いて介抱してあげるのでした。なんて立派で優しくて美男子な将校さん(やっと顔が見えたら)・高田浩吉でしょう!

銃後の守りをしている人たちにも、軍人さんたちは感謝してますよ的な演出です。なにせ、軍人さんがド二枚目。プロパガンダってそういうものなのでしょうか。ちなみ高田浩吉は軍服からすると陸軍将校のようでした。

上流家庭でも戦争中は清貧推奨です。お見合いしてきた妹・高峰三枝子は義理の姉・轟夕起子にその気があるようなことを言いますが、なんとお相手に召集令状が。当然、見合いは無かったことに、しかし妹は泣きながら「ワタシをお嫁にやってください!」なんという気丈なお嬢様でしょう。感涙する義姉でありました。

お母さん思いの青年将校・上原謙はいよいよ前線へ。見送る妹・星美千子は赤十字の従軍看護婦です。妹はこないだ米軍に撃沈された赤十字船の悲劇を語ります。重症の兵士たちが救命艇に乗るのを拒んだとか、看護婦さんたちが命がけで説得したとか、米軍の飛行機が赤十字だとわかっているのに笑いながら攻撃したとか、延々と涙ながらに語るのでした。おかげで出発が遅くなったお兄さんでしたが、お別れするときには実家に深々と礼です。上原謙のほうは海軍でした。

陸軍、海軍、両方に当時の超二枚目を配するところが気配りというものですね。

特攻隊の親族はあとで感謝会みたいのがあるらしく、将校さんや同僚の兵隊さんたちに最後の一夜を過ごした宿にご招待されます。そこで、アナタの息子はいい人だったとか、ようするにお国のために素晴らしい活躍をしたと報告してもらえるのですが、それを聞いた老父たちが涙を流して大感激。「あとに続く兵隊がたくさんいますから!」と、で、これまた大拍手。息子の死が報われると、戦争なんだしお互い様なんだと、不幸なのはウチだけじゃないと。

戦争なんですけど、やっぱその、子供が特攻に行くっていうのは大変なことなんだなあと、妙に明るい画面が逆に胸に迫ります。

えー、なんだか結果的に暗い話ばっかだなあ、とか思っていたら隣組の組長さん・小杉勇が登場するエピソードでは、用水に張った氷は壊しておきましょうとか、子供たちは鬼畜米英をこき下ろす歌を元気よく歌いましょうとか、防空壕を作りましょうとか、庶民の日常生活をユーモラスに描きます。最後に、手抜き工事の防空壕の天井を組長さんが身体を張って指摘するシーンがあり、本作品唯一の笑いどころでした。

いたるところに頑張る兵隊さん、頑張る女工さん、頑張る小学生、等々の映像がインサートされますが、外地で膝まで水に浸かりながら行進する兵隊さんのあたりとかはヤラセっていうか訓練?ニュース映画じゃないんだから、別にイケナイことじゃないですけども、あくまでも目的は戦意高揚ですので多少オーバーな演出はアリかと。てか、この当時、南方の最前線とかでキャメラ回せたのかしらん?

東部軍発表の内容が、実はダメダメだったのを無理やり「大勝利」してるがごとくの報道です。戦後も60年以上経ってから見るに、あまりにも悲壮感が漂います。当時の監督、俳優にとってはリアルタイムに進行中だった本物の戦争。佐野周二も応召されてますし、田坂具隆はこの後に応召され広島で原爆に遭います。そうしたスクリーンの中と外が完全に地続きな映画です。

宝塚っぽい感じのレビュウ「お山の杉の子」とかもあります。目的はきっと疎開先とかで上映されることを想定して純粋に子供たちを励まそうとしてるんでしょうけども。天女の舞踏でメイン張ってるのは、名前が出てこないのですが淡島千景さんじゃないかと思われます、違ってたらごめんなさい。

2009年10月25日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2009-10-25