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国際秘密警察 虎の牙


■公開:1964年

■製作:東宝

■製作:田中友幸、森田信

■監督:福田純

■脚本:安藤日出男

■原作:

■撮影:内海正治

■音楽:石井歓

■編集:藤井良平

■美術:竹中和雄

■照明:金子光男

■録音:斎藤昭

■主演:中丸忠雄(筆者推奨)

■寸評:

ネタバレあります。


あらかじめ言っておくが、筆者は中丸忠雄のファンである。だからといって悪口を書かないかというとそうでもない、天邪鬼である。しかし断言する。本作品の実主役は中丸忠雄である。国際秘密警察シリーズは全部で5本(も)ある。本作品は2本めででシリアス路線の最終作。ちなみに中丸忠雄は3本(も)出演しており役どころは、偽外国人、外国人、改造人間である。なんだかなあ・・・。

お色気スパイアクションという日本の風俗にミスマッチではあるが、大ヒットした「007映画」の便乗という重責を負わされたにもかかわらず、そこへ戦時中の特務機関によるなんちゃらを盛り込んでしまったために、陰湿な風土のみが突出してリスペクトする相手がどこかへ飛んでしまった感じ。ま、それって福田純だし、仕方ないかも。

東宝におけるアクション映画のグローバル化というのは、中丸忠雄(を筆頭に)、黒部進、桐野洋雄、伊吹徹、野村浩三、大木庄司(は、ともかく)らのバタ臭い中堅〜若手の男優を大挙動員することらしい。おまけに、一部は濃い顔にさらにドーラン塗布である。肝臓悪いヒトに見えるくらいだ。既存の経営資源をフル活用ということか。

商社の営業マンというのは表の顔、その正体は国際秘密警察の敏腕エージェント、北見次郎・三橋達也。彼がコンタクトしたのは内戦の絶えない、東南アジアのアラバンダ共和国の産業次官、クリマ・中丸忠雄。独立戦争の英雄であり、今では温厚な政治家だが、会談の最中に反政府ゲリラに襲撃され産業大臣が射殺される。北見の活躍で、ゲリラ達は投降したが、そこへクリマが飛び出し、彼らを皆殺しにしてしまうのであった。

治水のためのダム建設という名目でひそかに開発した化学兵器を内戦に使用しようとしているクリマは、元日本軍の技術研究所出身の技術者、明石・藤田進を父親に持ち、英文化卒の女子大生、梨江・白川由美を誘惑して秘書として海外へ連れ出しており、彼女を人質にして父親に猛毒のイペリットガスの開発を日本で進めさせていた。

来日したクリマに接近しすぎたのは、クリマの手先である化学工場の社長、大牟田・中村哲が示した大金に目がくらんで協力者となった営業レディの松下令子・水野久美。彼女は独立開業医を目指している恋人の佐久間・久保明のために危ない橋を渡っていたのであった。北見の正体がクリマにバレた。クリマの腹心である、長身痩躯でヒゲ面で英語でもやっぱり台詞が下手糞なサバト・黒部進が北見を狙う(武器は毒の吹き矢)が何者かに殺されてしまう。

反政府ゲリラとつるんでいたクリマは、アラバンダ共和国政府からもマークされており、アラバンダ大使館職員・伊吹徹大木庄司と北見は、毒ガス製造の秘密工場へ向かう。令子と佐久間が誘拐されるが、北見たちがこれを救出する。梨江も無事に父親と再会。大牟田たちは逮捕される。

クライマックスは、倉庫の屋上で、北見とクリマが5分以上のタイマン勝負。

実年齢では10歳年長なのに設定では逆転しているという無茶な話であり、技斗は嫌いだが上手い中丸忠雄との長時間におよぶ肉弾戦であるし、マニアックな福田純監督のアレコレにも耐えるためには、三橋達也の時々ボディダブル疑惑は許容範囲としておこう。そりゃ、やっぱツライよね、人間四十を過ぎるとさ。

三橋達也ってダッシュするとき姿勢が良くないな、中年女性のバーゲン走りみたいだ。

最後の最期まで凶器使用の反則攻撃におよんだクリマの、勝つためには手段を選ばないハングリー精神は、本来ならば祖国の英雄に向けられた機関銃の一斉射撃に敗北する。

とにかく悪役のくせに、中丸忠雄がやたらとカッコいいのである。

旧陸軍の諜報機関出身という過去を持つクリマ(ちなみに本名は栗本真一である)と北見が、互いの心情をストレートにぶつけ合うシーンが渋い。しかしこのシーンでも軍に洗脳され極限状態を経験したために「戦争がないと生きていけない」と絶叫するクリマの弱さのほうに観客は共感する。真面目に説教たれている三橋達也が割りを食った感じで、むしろ気の毒なくらいだ。

中丸忠雄が演じる悪役は、若年のわりには組織の中でも出世しているから要領は良さそうだし、実行犯のときでもそれほど間抜けなことはしないから頭は悪くないと思うし、物腰もスマートなので育ちも良さそうだし、普通にしてれば二枚目だから女にもモテるだろう。ことほどさように「悪いことのできる人だが、特に悪いことをしなくても成功できる人なのではないか?」という印象にもかかわらず、やってることは卑怯だし、残虐だし、とにかく何を考えているんだかよくわからない不気味さがある。

観客が安心できる「コンプレックス」による動機が見当たらず、ほぼ毎回「洗脳」「トラウマ」または「動機不明」だったりするので、つまり中丸忠雄が悪役を演じると職能的に「怖い人」ではなく、性格的に「危ない人」であることが多い。ゆえに観客は底知れぬ恐怖を抱き、記憶に残るのである。興奮の頂点で殺人に及ぶ人のほうがなんぼか人間らしいと思うのだが、中丸忠雄は美形な顔で薄ら笑いを浮かべながら粗暴な手口で人を殺しまくるのである。これは怖い、理屈抜きにして。

・・・と、ここで中丸忠雄の「悪役論」をかましてもほとんどの人は興味ないだろうが、筆者にとっては本作品で言いたい事はこれが全てなので、あとはどうでもいい。東宝映画の緊縛シーンはシュミーズにブラの肩ヒモがずり落ちる程度が限界なんだなあとか、そういうのは本当にどうでもいいことだ。

30歳そこそこの若輩が、移籍組とはいえすでに当時は東宝で大スタアだった三橋達也とガチンコ勝負。スクリーンで見ると、技斗シーンをフルで演じ切る運動性能の高さと充実した体力、実年齢にあるまじき押し出しの強さ、お肌のハリからなにから何まで中丸忠雄の完全勝利だったと断言しよう。

悪役に迫力があるのは結構なことだが、それはあくまでも主役のキャラを立てるためでなければならない。喰っちゃってるもん、完璧。ま、三橋さんには悪いが中丸忠雄ファンには珠玉の名作であったと日記には書いておこう。

コレじゃヤバイと思ったのか、東宝はこの後、お笑いアクション映画に路線変更をし、福田純監督は、お色気スパイアクションの本物の金字塔「100発100中」へとたどり着くことになるのである。

2009年04月13日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2009-04-19