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叛乱


■公開:1954年

■製作:新東宝

■製作:安達英三郎

■監督:佐分利信

■脚本:菊島隆三

■原作:立野信之

■撮影:小原譲治

■音楽:早坂文雄

■編集:

■美術:松山崇

■照明:矢口明

■録音:神谷正和

■主演:

■寸評:

ネタバレあります。


教科書にもあまり登場しない5・15と2・26ですので、予備知識ゼロですとチトつらく、スクリーンで2回観ました(ふうう・・)。それくらいボリュウムのある映画です。

刑務所で北一輝(輝次郎)・鶴丸睦彦、西田税・佐々木孝丸をはじめとする2・26事件の叛乱将校たちが処刑の日を待っています。弁護士もいないし、上告もない、そんな暗黒裁判を糾弾する彼らの声は、代々木の演習場の騒音にかき消されてしまいます。彼らは事件を回想していきます。

現実の刑務所のシーンと、叛乱の回想シーンが交互に出てきます。

2・26事件の前哨戦ともいうべき事件。台湾へ転出予定だった相沢中佐・辰巳柳太郎による軍務局長惨殺事件が起きます。軍事力の急激な拡大によって生じた利権にむらがる、政財界と軍部の腐敗に義憤を感じての行動であり、相沢本人、いたって平然と罪の意識がゼロでした。これは、富国強兵を推進するいわば資本主義の統制派とよばれる一派と、天皇を奉じて構造改革を進めようとする皇道派との派閥抗争に端を発しており、皇軍派の相沢中佐はこっそり銃殺されてしまいます。軍備増強のために血税を使いまくり、折悪しく、凶作続きで疲弊していた農村では、若い娘がバーゲンセールのように性具として売買されており、その娘どもを金で抱くのは政財界のお偉方という負のスパイラル。

資本主義が行き過ぎた挙句に、世界規模の金融恐慌、労働力が紙のように軽んじられる、ちょっと現代に通じてる気がしました。

皇道派の青年将校たちの不満は破裂寸前。さらには彼らを外地へ飛ばそうという計画が発覚し、トドメは山下奉文少将・石山健二郎が青年将校たちを招いてクーデターを唆すような発言をしたため、決起の期日が思い切り前倒しになります。

歩兵第一連隊の栗原中尉・小笠原弘は皇道派の超純粋なヒト。元軍人の磯部・山形勲、村中・安部徹を中心とした直接行動派のメンバーは、普段は冷静な野中大尉・菅佐原英一、山口大尉・清水将夫、香田大尉・丹波哲郎、林少尉・近藤宏、等々であとは人望の厚い歩兵第三連体の安藤大尉・細川俊夫の決起を待つばかり。しかし、安藤大尉は部下の新川中尉・沼田曜一ともども冷静で浮ついたところが一切無いヒト。「自分はいいけど、兵隊巻き込むのはNG」と判断し、決断を先延ばしにしたので興奮した磯部に「卑怯者」とか呼ばれてしまいます。

傷ついた安藤大尉でしたが、優しくてまじめな新川中尉に慰められ、酒を飲んで吐いた挙句にホテルに到着。そこで美人の女給・香川京子に出会います。女性関係に清潔な安藤大尉は何もしないで帰ろうとしますが、それは困ると彼女に言われて、30分だけつきあう(と、言っても世間話程度でアレは無し)彼女は同じ連隊の中村上等兵の妹であることが判明。翌日、中村上等兵・鶴田浩二から、農村のシャレにならない困窮状態と、妹二人が売られるのを止められない自分が情けないので決起してくれと懇願されます。

ついに安藤大尉は「兵のためにも」決起することにしました。

首魁として逮捕された山口大尉のところへ、自殺した石田軍曹の妻・津島恵子が訪ねてきます。新婚カップルの夫である軍曹に「非公式結婚(アレ)」を促す粋な計らいをしてくれた大尉に挨拶しに来たのでした。軍曹は弾薬庫の見張り役でしたが、ちょうど決行前夜が当番でした。栗原中尉たちが弾薬強奪のために弾薬庫を襲撃したのを山口大尉が見逃したのですが、その責任を感じた軍曹は拳銃自殺してしまったのでした。山口大尉は気がつきます。いくら動機が純粋で私利私欲の無いものだとしてもコトを起こせば、ことほどさように、とばっちりを受ける人が発生するのだということを。

決行日。将校たちは、兵隊には演習だとか、明治神宮に参拝するとか言って、事情を説明しないで大雪の中を集合させます。実弾もらって「え?」となる兵隊もいましたが、上官の命令は絶対なので、何がなにやらわからぬままに、クーデターはスタートします。

2・26事件によって多くの政府要人と関係者、およびその家族、警護をしていた警察官が負傷し、惨殺されてしまいます。侍従長をしていた鈴木貫太郎は夫人・木暮実千代の懇願で安藤大尉がトドメを刺さなかったので命だけは助かったのでした。後に、この人が太平洋戦争を終結させ、日本から軍人というモノを絶滅させたというのはなんとも運命的です。

決起部隊は警視庁も占拠します。副総監・宮口精二は「軍隊と警察が争ってどうする!」と男泣きに泣いて警視庁を無血開城。栗原たちは自分たちの真意を天皇陛下に理解してもらうと同時に、事態の収集を真崎大将・島田正吾に委ねます。慎重派だった北一輝と西田税でしたが事態が急変したために、叛乱将校たちに撤退しないよう指示します。しかし、天皇は反乱軍として鎮圧するように命令。しかし、事態を穏便に処理したい真崎大将と、精神的に彼らを唆した山下少将は彼らに陸軍大臣の告示を出しますが、これがなんともヘンテコで、栗原たちは叛乱軍ではなく正当化されてしまったかのような錯覚を与える内容でした。

そんなヌルい話でコトが収まるはずもなく。とうとう戒厳令が敷かれ、栗原たちに討伐の命令が下ってしまいます。5・15の前例では死刑になる人がいなくて「首相殺しても15年」とタカをくくっていたので、イキナリ逆賊扱いされてすっかりアタマに血が上る栗原です。真崎大将も山下少将も掌を返してきます。「投降しなさい」の放送も始まって、事情がわからず集められたほとんどの兵隊は、アジビラを読んだり、投稿を呼びかける放送やアドバルーンをぼんやり見上げているのでした。

野中大尉は「兵と下士官がかわいそうだから原隊へ帰そう」と発言。何人かの将校もこれに続きます。と、そこへ安藤の部隊の若い兵隊たち・天知茂(ノンクレジット)、他数名が事情を知って「撤退しないで頑張れ」と涙声で言いに来ました。彼らはもれなく貧乏農家の出身でした。安藤は悩んでしまいます。栗原は徹底抗戦を主張しますが、部下思いの安藤の決断が決め手となって、ほとんどの兵隊と下士官は原隊へ復帰してクーデターは瓦解します。

逮捕された主な関係者たちは、軍法会議判士長・千田是也から死刑を言い渡されます。反論も弁解も許されません。そんな機会なんかもらえません。北一輝と西田税も死刑が決まります。が、暗躍してあわよくば政権を握ろうとしたかもしれない真崎大将と山下少将はセーフでした。多人数の処刑は数回に分けて行われました。軍人さんたちは「天皇陛下万歳」と軍部への不信感を叫んで銃殺されます。最後に残った北は「自分たちも万歳をしますか?」と西田に言いますが彼は「私はやりません」と一言残して刑場へ引かれていくのでした。

いくつか2・26を扱った映画を観ましたが、どれも無駄にドラマチックだったりしてディテールが明確ではなく「で、なんでこんな事件起きちゃったの?」という疑問のところが、出演者の過剰な思い込みのせいでしょうが、やたらとクレイジーなモチベーションばかり強調されてよくわかりませんでした。この映画を観て、なんとなく全体のフレームワークが把握できたような気がしました。

様子を見に来た西田を山の上ホテルまで送る円タクの運ちゃん・田中春男が「軍人が政治に口出ししちゃだめだ、あの人たちは戦争したいんですよ、戦争しないと軍人は出世できませんからね」と直球ど真ん中な言葉を残します。野次馬・高島忠夫(ノンクレジット)を含む人たちも「けしからん人殺しだ」とか「5・15は軍部の圧力で刑が軽すぎた」など当時の世論を説明してくれます。

資本主義経済が崩壊して、労働力がちり紙程度の軽い扱いを受けて、経済的な弱者が困窮しまくって、追い詰められて、とうとう自衛隊は警察権を手に入れて海賊退治に出かけるらしい・・・2009年の日本は戦争こそしないかもしれませんが、クーデター前夜のような不気味な空気です。

この映画が現代に通じる何かを感じさせて、ちょっと怖いでした。

細川俊夫が素敵です。センの細い印象の俳優さんですが、実はアスリートとしても有名な人です。本当にこういう軍人さん、いたかもしれないというリアリティがありました。今回のクーデターの首謀者の一人としての葛藤も抑制の効いた演技に爽やかさがあって、どこか哀しみを感じさせる役どころでした。

普段は悪だくみしている役が多い山形勲と安部徹が熱血元軍人役で最後まで真面目に突っ走るのは大変珍しい見ものでした。それと、沼田曜一がすこぶる爽やかでまっとうだったのもある意味で貴重。クールでカッコいい丹波哲郎、セリフはダサダサだけど純粋な軍人さんの役がハマリまくる小笠原弘、佐分利信の秘蔵っ子でこれまたカッコいい菅佐原英一、新劇俳優やら松竹からのゲストも呼んでのオールスター映画。

2009年02月01日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2009-02-08