小原庄助さん |
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■公開:1949年 ■製作:新東宝、配給:東宝 ■製作:岸松雄、金巻博司 ■監督:清水宏 ■助監督: ■脚本:清水宏、岸松雄 ■原作: ■撮影:鈴木博 ■音楽:古関裕而 「小原庄助さん」 ■編集:空閑昌敏 ■美術:下河原友雄 ■照明:石井長四郎 ■録音:中井喜八郎 ■特撮: ■主演:大河内傳次郎 ■寸評: ネタバレあります。 |
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本作品は「小原庄助さん」と呼ばれる田舎の旧家の当主、杉本左平太・大河内傳次郎が主役です。朝寝・朝酒・朝湯をたしなむ左平太は歌のとおりに、戦後の農地改革で不動産資産を失いますが、代々続いた名家なので、地元の百姓たちは何かにつけて左平太をアテにしています。青年団の野球チームにユニフォームを寄付した見返りとして、草野球の試合でピッチャーをした左平太はピッチャー返しで、男子の大切な部分にボールを直撃されてしまうのでした。 そんな亭主を持った妻のおのぶ・風見章子は婆や・飯田蝶子とともに、せっせとタダ酒をかっくらいにくる村の人々のために支度をするのでした。子供は大人の鏡ですから、ハナタレなクソガキどもでさえ「俺たちにも野球のユニフォームを寄付しろ」と屋敷に押しかけてきます。酒好きの金貸し・田中春男が家に来ているので居留守をかました左平太は、和尚・清川荘司と碁の勝負。ちなみに左平太の交通手段はロバです。 文化的な生活を推進するためにたくさんのミシンを寄付した左平太の屋敷に、下半身の強そうな洋裁の先生、マーガレット中田・清川虹子がやってきます。マーガレットというよりはドクダミという気がしないでもありませんが。足踏みミシンの騒音に手を焼いた左平太は、和尚に頼んで本堂を貸してもらいますが、当然そこでは法事とかも行われているので、読教が始まったらおとなしくするのがマナーというモノですが、マーガレット先生は「こんな古臭いことやってるからダメなのよ!」的な鼻息の荒さで、怒り心頭に達した和尚のお経&木魚連打をぶっ飛ばすくらいの大騒音をたてて、田舎の婦女子にミシンを踏ませるのでした。 町に出て、闇商売で非合法な利益を得ていたおりつ・宮川玲子を、村に帰るように説得しに行った左平太でしたが、すっかり都会の女と化した彼女は情夫・鮎川浩に小遣いをくれてやるようなアバズレになっていました。ヤクザっぽいけど、実は骨のあるヤツだった情夫と左平太は意気投合し、一緒にダンスホールに行きます。そこでマーガレット先生と踊る左平太でしたが、支配人の吉田次郎正・日守新一がヘラヘラ挨拶に出てくると、どうせボッたくるつもりですが、それを見抜いた情夫がガンを飛ばして追い払ってくれるのでした。 左平太が村に寄付した練武場はすっかり寂れて惰弱なダンス教室になってしまいます。子供達は野球に夢中です。そうこうしているうちに、ますます左平太の家の家計は火の車になってしまい、おのぶは着物を質入して夫を支えます。村長を目指す吉田次郎正は、人望がある左平太が村長選挙に立候補すると勝てないので、それとなく出馬の可能性を探りますが、そういうのに興味の無い左平太は笑い飛ばします。しかし村の人たちは左平太に村長になって欲しいので頼みに来ます。左平太は和尚を推薦しますが、次郎正の応援演説も断れなかったので引き受けてしまいます。 選挙の結果は次郎正の圧勝。憮然とする和尚でしたが、左平太はニコニコと和尚に挨拶。「次郎正は選挙違反(たぶん買収)でしょっぴかれたよ」ということで村長は和尚に決定。いよいよ借金取りも左平太の居留守作戦にひっかかってくれなくなります。仕方なく左平太は家宝やらなんやらを売りに出すことにしました。そのことを知った村人達は、チャリティオークションをします。ヒマを出された婆やの、長年の怒りが大爆発。迎えに来たセガレ・川部守一の制止を振り切って「芸者遊びで門限破りしたとき守ってやった恩を忘れたのか!」と痛いところを突いてきます。おのぶの兄もやってきて、妹を実家へ連れ戻します。 無一文になった左平太。空っぽになった屋敷で酒を飲んでいると、若いコソ泥がやってきます。柔道の名人である左平太に投げ飛ばされて、シュンとなった二人に左平太は「裸一貫で働けば生きていけるだろうに。いい若い者がすぐに泥棒になる、そんな時代になったのか・・・」と嘆きながら酒を勧めるのでした。名家の出ということで汗水たらして働くこともままならず、村人に尊敬されながら困ったときは無償で施してきた伝統を守っていたら、何時の間にやら世の中がすっかり変わってしまったのでした。 屋敷に自虐的な「小原庄助さんの歌」を張り紙にして残し、旅支度の左平太は一人でトボトボと駅に向かいます。しかし、そのすぐ後をおのぶが追っていました。一番列車に乗り遅れないように、二人は駅までダッシュするのでした。 「新馬鹿時代」(1947年、東宝、監督・山本嘉次郎)の主人公は「小原庄之進」と言いました。金が人の心をものの見事に変容させる映画でしたが、本作品は主人公だけがそうした時代の流れに取り残されて、結局はスポイルされてしまいます。金目のものはみんな売り払った最後に、本とロバを残して、本は青年たちに、ロバを子供達に手渡しするのは左平太の最後のメッセージ、たぶん誰も気がつかないでしょうが。 戦争が終わってどっとなだれ込んできた拝金主義によって失われていく大人の風格というものが、物凄く寂しく、悲しいです。時代劇の剣豪とか戦争映画の職業軍人とかで威風堂々としすぎな大河内傳次郎は、目張りもせずに、風采のあがらないオッサンですが、戦前の輝かしい実績のほとんどが焼失してしまい、戦争によっていちばんいい時を棒に振り、東映に移ったときは見た目だけを重宝に使われてあらゆる役柄を演じた大河内傳次郎の人生そのものとダブらせてみると、左平太の魅力も倍増です。 いい映画ですが、ものすごく寂しい映画です。 (2008年10月19日 ) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2008-10-19