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億万長者


■公開:1954年

■製作:青年俳優クラブ

■配給:新東宝

■企画:本田延三郎

■監督:市川崑

■脚本:市川崑

■脚本協力:安部公房、横山泰三、長谷部慶次、和田夏十

■撮影:伊藤武夫

■音楽:団伊玖磨

■編集:

■美術:平川透徹

■照明:平田光治

■録音:

■特撮:

■主演:木村功

■寸評:

ネタバレあります。


青年俳優クラブ(後・劇団青俳)の主力俳優が出揃った映画。せわしなく、あわただしく展開する風刺の効いたブラックコメディ。終戦後9年を経たころの風俗は体感していないのでほとんど共感できないが、唯一つ変わらないもの、お役所体質というシロモノ、困ったときは弱者切捨てという大原則?だけは時代を問わず、進化無し。

主人公は冴えない税務署員、館香六・木村功。家族の縁が薄く、引っ込み思案な性格のため、話す相手と必要に恵まれなかったからというトホホな理由で、彼は本作品唯一と言っていいほどの無口な男子。当節の数寄屋橋には平和のために原爆製造を力説する鏡すて・久我美子が募金活動の真っ最中、小菅刑務所には政治家の団海老蔵・伊藤雄之助が議会よろしく檻の中で与野党に分かれて演説中、赤坂の芸者である花熊・山田五十鈴が信じているのはお金のみ。銀座にある和光の時計塔が「25時」を指していても誰も気がつかない、これはパラレルワールドのお話。

賄賂取り放題の子だくさん税務署長である伝・加藤嘉の娘の麻子・左幸子は親の七光りでちやほやされるだけの馬鹿娘でありながら、職業婦人としての自立を説き、同僚女性署員からは総スカンを喰っているのだが、地味な館は自分と百八十度違う麻子をこっそりと尊敬している。

災害や戦争から復興するとき、その恩恵は概ね平等ではなく、格差の凸凹がピークに達すると社会と言うのは一部の者にはドンちゃん騒ぎを提供し、大多数には貧困を強いる。国会議事堂のすぐそばの焼け跡のバラックに住み着いた無職の贋・信欣三の一家はとてつもない子だくさんで、妻のはん・高橋豊子がこさえたウドン(注:タレとか薬味とかそういうのはゼロ、単なる練り物)を争って食べるほどの赤貧ぶりで、イイトシこいた二枚目の長男である門太・岡田英次は映画会社のニューフェースという名前だけはカッコいいがペーペーなので収入はほぼゼロ。その二階に下宿しているのが、原爆少女のすて、ただいま正義の原爆を製造中。当然のことながら贋は税金の滞納者であるから、よりによってこの家に徴収ために訪れた館は、原爆の恐怖のあまり、東京から沼津まで猛ダッシュ。なんで沼津?それは原爆の火傷被害に遭わないためのギリギリの距離だったから。

ことほどさように主人公は地味で風采もあがらないのだが、純粋で真面目かつ虚弱で感情的というやっかいなタイプ。アルマイト製のスプーンの露天商をしていた東・多々良純が海外営業中に事故に遭って死んでしまい、その保険金をがっちりせしめた未亡人・北林谷栄からほんの一万円を強制的に押し付けられたことから、館は「自分も汚職役人だ」と思い込み、ニコヨンまでして原爆製造の資金稼ぎをしている少女すてにその金をあげてしまい、自殺を図る。そこへ偶然通りかかった花熊は言葉巧みに「脱税者リストをこしらえて正義のために悪者達を告発しましょう」と館を唆すという黒革の手帳作戦を開始する。

館はおそらく生まれて初めて人生の目標を見出し、他人から頼られ、おまけに正義の味方になれるかもしれないビッグチャンスを得たので、その日を界に仕事バリバリ人間に大変身。門太との間に子供までこしらえてしまった麻子はそんな館に惚れまくり。脱税者の一人である署長の娘の麻子に対してはすでに憧れもなにもかも無くなっている館はあっさりと麻子をフッってしまう。しかしそんな館の正義感だったが、お金大好きっ子の花熊の恐喝道具に使われることが判明。絶望した館は大切な告発の手記を紛失する。しかしこの爆弾資料をこともあろうに検事総長が拾ってしまい、国会を揺るがす大騒動に発展。税務署長は赤裸々過ぎる、かつ、事実バシバシの告発内容からすぐに館の仕業と気がついて、花熊もまた金儲けをフイされて文句を言いに、それぞれ館の下宿にやって来る。

館は国会に乗り込み証人として証言をしようとするが、根が小心者で人前で喋ることに馴れていなかったためか卒倒してしまう。風変わりな狂人として国会をつまみ出された館。差し押さえの嵐をくらった赤貧一家はとうとう一家心中をすることになったが、最後の晩餐に食べたのが原爆マグロだったため、外出していた長男の門太以外は全員放射能にあたって死んでしまう。そんなとき、ついに原爆の試作品が完成する。その実験に立ち会えと言われた館は門太と一緒に一目散に逃げ出すのだった。

主人公は一度、パチンコで200円スッてから人がパチンコをしているのをドキドキしながら観ているのが趣味という、人生においてハレの場をまったく経験しておらず、かといって信念があるわけでもなく、要領が悪いので風邪をひくほどの栄養失調レベルの食生活、空襲を思い出すので飛行機の爆音が大嫌い。つまりズルをしないと美味しいものにありつけないことが身に染みている戦中派、ほとんどすべての当時大人の国民の代表が館である。

映画の中だと冴えなかったり、神経質だったり、ダメ人間だったりする木村功は、どちらかというとカッコいい人である。生前(晩年だけど)実物見たけど、いや、本当にちょっとプレイボーイ入ってる、って感じ、かなりモテると見た。彫りが深くてカメラ栄えするけど実際はかなり小柄な(あの天知茂とどっこいどっこいの)岡田英次よりも背は高いし、声いいし。そういう人がとことん情けない役をやるからユーモアがあるんであって、ブサイクがもしやってたら、かなり歪んだ映画になるところだった本作品、結果はカラリとドライ。

モダンでハイテンション、そういう仕上がりになったもの美形の役者がヘンテコなことをしてくれるから。原爆少女なんてかなりアブナイ人だが、久我美子ならスマイル一発、しかもお金貰ってあの清楚な笑顔ってどうよ?がミスマッチ、ものすごいシュール感を漂わせてしまう。

「また逢う日まで」で大恋愛をした久我美子をキチガイ呼ばわりする岡田英次にもビックリ(そして大笑い)だが、いくら慌てたとはいえブリーフで疾走する岡田英次はまさにお宝映像の領域。さらに、離婚直後(公開年度としては)の山田五十鈴と加藤嘉が愛人関係で熱烈競演というのも凄すぎ。

日本映画を後に支える「おじいちゃん」俳優の若い頃がわんさと出てくる。ほかに織本順吉西村晃高原駿雄など。

戦後の無秩序をそれぞれの登場人物が再現してみせる、その早口とスピード感はあらためて作り手のセンスが当時の最先端な速度感をはるかに通り越していたことを実感。

2008年08月31日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2008-08-31