「日本映画の感想文」のトップページへ

「サイトマップ」へ


或る夜の殿様


■公開:1946年

■製作:東宝

■配給:東宝

■製作:清川峰輔

■監督:衣笠貞之助

■脚本:小国英雄

■原作:

■撮影:河崎喜久三

■音楽:

■編集:

■美術:久保一雄

■照明:横井総一

■録音:齋藤昭治、空閑昌敏

■特撮:

■主演:大河内傳次郎

■寸評:

ネタバレあります。


こないだぼんやりテレビ観てたら中尾彬がジャニーズのタレントのことを長谷川一夫と肩を並べたかのごとき発言をしていたが、それって中尾、ボケたのか?それとも捻ったスカーフが肉に埋まった首に食い込んで脳みそが酸欠でも起こしたのか?

美男子とカワイイ男子は違うから、絶対に違うから。てなわけで(どういうわけだか)長谷川一夫ファンの間でも本作品が大好きという人が多いようなので、美男子大好物な筆者としては熱烈紹介する次第。

「(時代劇では美男だと言われているが)お化粧をとったらあんなに汚い顔した人もいませんよ。色は黒いし、鼻はぎゅっと高いしね。目もギョロっと大きい、顎もこう(指を縦にして顎にあてて)割れてるでしょう?」という趣旨の発言をテレビで堂々とやっていたのは山田五十鈴である。超美男子の長谷川一夫をつかまえて「汚い」と来たか!ベルさん、ナイスファイト!で、これを全部逆に言うと「顔がバタ臭いから時代劇は合わないけど現代劇では気絶するほど美しい」と読んだね、私は。

現代劇の長谷川一夫のほうが絶対にカッコ良いんだって!目張りなんかいらないんだって!やっぱ、美男子っていいなあ〜うふっ。

明治19年、箱根の洋風旅館の開館式。オーナーは越後屋・進藤英太郎という成り上りの商人。招待客は地元の名士や貴族たちで、なかなかに華やか。中でも最高のVIPは、秘書の池田・北沢彪とともに逗留している江本逓信大臣・大河内傳次郎。新鉄道建設の構想を逓信大臣に説明してなんとか利権を得ようとする越後屋だったが、実はこのプランは元々は商売仲間の菅沼・菅井一郎と波川・清川荘司のもの。アイデアを横取りされた二人は大阪の有力商人である北原虎吉・志村喬と組んでなんとか越後屋を懲らしめてやろうということになる。

元孤児で虎吉の幼馴染だった越後屋の女房、お熊・飯田蝶子は、貴族のボンボン・中村哲と娘・三谷幸子を結婚させようとしている山崎・清水将夫の女房、理野・吉川満子への対抗意識と、貧乏な出自がばれるのを恐れて虎吉を無視。これにカチンと来た虎吉が立案した、不相応にもスノビッシュな社会に憧れているお熊に赤っ恥をかかせるその作戦とは、鉄道計画のキーマンを口説き落とせる唯一の人物であり、行方不明になっていた水戸藩主の殿「平喜一郎」のニセモノを仕立てて越後屋にヘイコラさせようというもの。クライマックスで正体ばらして笑い者にしようということなのだった。

いつもは善い人なのに、この映画ではとことん性格悪いな、志村喬は。それと、飯田蝶子のお下品ぶりも爆笑必至、もはや職人芸の域。

旅館の女中、おみつ・山田五十鈴は「女は貢いでナンボ」という損なタイプの女。ようするに気立てが良くて惚れっぽい。急用で東京へ戻った逓信大臣の馬車を追いかけようとしていた書生・長谷川一夫を拾った彼女は、貧乏くさい格好だけどなんとなく品のあるこの書生にお弁当の残りを分けてあげたりして、超ウキウキ。ついでに虎吉たちにこの書生をニセモノに仕立て上げることを進言するのだった。下積みの苦労を知っているくせに、旅館の従業員に対してことごとく威張りくさる越後屋夫婦の味方はこの旅館には皆無。ただ、二人の遺伝子とは到底思われない美人の娘、妙子・高峰秀子を除いては。

旅芸人一座の紋付をちょろまかして書生に着せたら、あら不思議、貧乏書生が態度物腰なにもかもノーブルで他の招待客はおろか本物の貴族ですら騙されてしまうくらいの立派な偽者に変身してしまう。おみつはドキドキしながらも書生の活躍をサポート、気がかりなのは偽喜一郎が妙子と親密になってしまうこと。そこだけはちょっとだけイラっとくる、おみつであった。

旅館のほうへ国事犯の書生が逃げ込んだらしいと、これまた善人まるだしの田舎巡査・河野秋武がやってくる。音程狂いまくりでリズム感ゼロ(いや本当に)だけどパンチの効いた書生節を披露した書生・藤田進はどうやら偽喜一郎と友達らしい。おみつが睨んだとおり、国事犯として追われていたのは偽喜一郎なのだった。しかし、偽喜一郎は巡査を丸め込んでしまい事なきを得る、それどころか捜査に協力を申し出るのであった。

逓信大臣をなんとしても旅館にもう一度呼び寄せたい越後屋は東京へ電報を打つ。平喜一郎が逗留していることを逓信大臣に知らせて、計画を一気に進めようというのだ。ちなみに逓信大臣だけが本物の喜一郎の顔を知っているのである。

偽喜一郎へのとりなしを頼むために越後屋夫婦は虎吉に平身低頭、してやったりの虎吉。だが、単なるドッキリで終わるはずだったこの計画に、逓信大臣まで巻き込むとなると事は重大。そこで虎吉、菅沼、波川の三人は偽喜一郎に金を渡して逃亡するように促すが、偽喜一郎はニヤリと笑って拒否。国事犯でおまけに政府の要人を詐欺にかけたら確実に罪人にされてしまうと、おみつはこっそり書生に貯金通帳と印鑑を渡して逃がしてやろうとするのだった。

いよいよ逓信大臣と対面することになった偽喜一郎、彼の運命やいかに!?

最初(はな)っからオチは丸見え、それは偽喜一郎が長谷川一夫だから、全然問題なし。終戦直後なので胡散臭い台詞が最後に出てくるが、それは状況が状況だから仕方ない。それよりも、ちょっとワイルドな書生からノーブルな貴族まで似合いまくる美男子が、スノッブな連中のメッキをがりがりと、しかしユーモア満点に剥ぎ取る爽快感がめちゃくちゃ楽しい。出演者も全員ノリノリで、スクリーンが心地よい開放感で満たされており、観ているこっちを幸福感で一杯にしてくれる。

この映画の山田五十鈴は今まで見たどんな映画の役どころよりも素敵だと思った。やっと掴みかけた幸せが目の前で壊れそうになったときは観てるこっちがハラハラのし通し、ベルさんは池ぽちゃ。最後まで慎ましく、他人のシアワセのために一身を投げ出す女、馬鹿でも愚かでもない、最高の善人を溌剌と元気よく、しかし押し付けがましくなく。いいなあっ!この映画のベルさん、最高!

対する成金の娘役である高峰秀子は、ドレスを着せられて動き辛そうだったが、俗物な両親を恥じながらも芯のしっかりした現代的なお嬢さん。孤児あがりの母親と芸者あがりのライバルが最後に仲直りするのを見てニッコリと笑う。うーん、やっぱデコちゃん、カワイイ!

そんでもって長谷川一夫は美女二人に惚れられても「当然」って感じ。全人類の大多数である「その辺の野郎ども」から嫉妬の炎がメラメラと。なるほどねえ、こりゃあ同性の恨みを買うわな。

日本が負けてボロボロの時に、こんな素敵な御伽噺を美男と美女で大真面目に作った日本映画に大拍手を贈ろう。第一回毎日映画コンクール受賞もナルホドだ。

ところで長谷川一夫がちょっと上目遣いに悪戯っぽく笑う仕草や、ちょっと遠い目をしたところが誰かに似てると思ったら鶴田浩二だった。逆だけど、他の人がみたらどうかわかんないけど、鶴田ならいいや、美形だから真似しても。

2008年07月13日

【追記】

※本文中敬称略


このページのてっぺんへ

■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2008-07-13