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二人日和(TurnOver 天使は自転車に乗って)


■公開:2005年

■制作:パンドラ

■制作:

■監督:野村恵一

■脚本:野村恵一、小笠原恭子、山田力志、山田哲夫、中村努(協力)

■原作:

■撮影:林健作

■音楽:門奈紀生

■編集:谷ロ登司夫

■美術:石原昭、内藤昭(美術協力)

■照明:山北一祝

■録音:中路豊隆

■主演:栗塚旭

■寸評:

ネタバレあります。


京都というのは実に画になる街であるな。映画のロケーションは監督の美意識によって切り取られた一瞬を留めておく崇高な役割があると筆者は考えているがこの映画はそうした感動をもう一度確認させてくれた。

神官の装束を作る仕事を長年続けてきた黒由・栗塚旭の妻、千恵・藤村志保はALSに犯されている。千恵は上半身、特に右手の筋力がかなり衰えているが黒由は戸惑いながらも妻を慰め、支えている。千恵は、かつては男達のマドンナであり、黒由との結婚についてはドラマティックなエピソードを秘めている。黒由は自慢のコーヒーを入れるために水を汲みに行った帰り、子供を集めて手品を披露している学生に出会う。萎えている手の訓練に、そして家に閉じこもりがちの千恵の気分転換のために、黒由はその学生に家に来るように声をかけた。

学生は俊介・賀集利樹といいアメリカ留学が予定されている優秀な学生である。千恵は俊介の訪問に戸惑いながらも、俊介の爽やかで親切な人柄に触れ元気になっていく。絶望からかすかな希望が覗いたとき、子供のいないこの夫婦の残された時間は充実したものになるはずだった。しかし千恵の病状は悪化する。俊介も恋人を残して渡米することに迷いを感じている。大祭のために依頼された装束について依頼元である神主は時流に合わせたデザインを要求するが黒由は戸惑う。入院した千恵の看病をするために黒由は店をたたむと言う。装束の納品が遅れて神主はカンカンに怒るが、黒由は一世一代の染を完成させていた。

一度掴みかけた幸せが、手の指の間からするりと抜け落ちるような感覚を、黒由と観客は共有する。本作品にはBGMがほとんど無い。その代わり、千恵が黒由を呼ぶために手作りした呼び鈴の音、糊を練る音、装束が畳をする音。音楽ではなく音が本作品のもう一つの主役である。

筋力の衰えは呼吸器から消化器へも進んでいき、千恵は口からモノを食べることも難しくなってくる。俊介が手品を人前で披露するからといって招待券を持ってきた。千恵は車椅子で俊介の晴れ姿を見て、まるでわが子の事のように大喜びする。俊介と出会ったときは秋、桜の舞い散る中で千恵は幸せそうだった。

千恵が死んだ。姪の江梨子・池坊美佳は葬儀の席で憔悴しきっている黒由を休ませるように言う。黒由は千恵の鏡台で日記を見つける。そこにはいつもにこやかでお茶目だった千恵の日常が赤裸々に記してあった。アメリカに出発する俊介に、黒由は雛人形を贈った。そして白装束に身を包んだ黒由はいつもどおり水を汲みに行った。

仕事一途の頑迷な黒由が「(千恵を)一人にはしておけない」と弟子に宣言する。しかし弟子(と観客)はその言葉は嘘であり、実は「俺を一人にしないでくれ」であることを感じてしまう。すがっても、こだわっても時の流れは止められず、誰もそこに留まることを許されない現実を藤村志保と栗塚旭がほぼ二人きりで語りきる。強そうな男がさらけ出す弱さに泣いて、弱そうな女がみせる強さにもまた、泣ける映画なのだ。栗塚旭の芝居が一本調子なのは相変わらずだが、藤村志保は芝居を引き算できる人だからこのコンビはいい感じになった、っていうか藤村志保にかなり救われていたというのが正直なところであるが。

静かな映画である。二人の若い頃、タンゴで結ばれた激情は思い出にかすかに香るだけ。栗塚旭がタンゴを踊るというのはちょっと想像するのがキツイのであるが、あの年齢であのケツの上がり&張り方は只者ではないと見た、見習え!賀集!本作品の欠点を強いて言えば映画に徹し切れなかったところだろう。友達感覚で映画作ったらダメだ。

2008年01月02日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2008-01-08