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二・二六事件 脱出


■公開:1962年

■制作:第二東映

■制作:吉野誠一

■監督:小林恒夫

■脚本:高岩肇

■原作:

■撮影:藤井静

■音楽:木下忠司

■編集:田中修

■美術:田辺達

■照明:原田政重

■録音:岸勇

■主演:高倉健

■寸評:

ネタバレあります。


 高倉健、山本麟一、今井健二。この三人がチームになっているのだから大船に乗ったような気分というのはこういうことを言うのであろう。ただし、そんな観客の安心度200パーセントのメンバーであっても本作品は、日本映画には希少といえる、登場人物が間抜けな故にイライラさせるサスペンスではなく、事実は小説よりもぶったまげなハラハラドキドキの展開なのである。二・二六事件で多くの要人が暗殺される中、反乱軍に襲撃され、占拠された官邸から脱出した岡田首相(劇中では岡部首相)のエピソードの映画化。

 昭和十一年二月二十六日、昭和維新を掲げた青年将校に率いられた複数の部隊による同時多発テロ行為により、東京に戒厳令が布かれる。首相官邸は栗林(実物:栗原)中尉・江原真二郎の部隊に襲撃された。岡部首相(実物:岡田)・柳永二郎の義弟、杉尾伝蔵・志摩栄は「自分が首相だ」と反乱軍に名乗り、身代わりになって射殺された。興奮した反乱軍が軽機関銃で致命傷を与えたにとどまらず、顔面も原型をとどめないくらいに破壊してくれたおかげで、官邸に残っていた首相の写真と照合することもできなくなり、彼らに首相暗殺を信じ込ませた。首相は身体を張って守ってくれた警官や秘書たちのおかげで女中部屋の押入れに隠れる。

 憲兵隊の小宮曹長・高倉健は、反乱軍にまざって首相官邸に潜入し、岡部首相の無事を確認して戻ってきた部下の篠原上等兵・千葉真一の報告を受け、首相救出のための精鋭部隊を組織する。メンバーは事務職の青山軍曹・今井俊二(現・今井健二)、板倉伍長・山本麟一。小宮曹長を含めたの三人は三宅坂経由で官邸へ向かう。日頃から憲兵に対して良い感情を抱いていなかった反乱軍将校たちは彼らを追い返そうとする。三人は国会議事堂の塀を乗り越えて現地へ急行。首相秘書官の速水(実物:迫水)・三國連太郎と福井・中山昭二は、小宮曹長らに協力し、首相の親類縁者を集めて官邸に送り込み、その弔問客にまぎれて首相を脱出させる計画を立案する。

 作戦の全貌を知らされず、遺体の顔すら拝めないとは何事か!と、ご機嫌ナナメな親戚たち。中でもとびっきり顔の怖い男・沢彰謙をなだめつつ、福井秘書官と小宮曹長は粛々と焼香が進む中、緊張のあまり卒倒した弔問客という設定で岡部首相をまんまと官邸から連れ出すことに成功。しかし難しいのはここから。首相が生きていることが公表されれば、秘書官や押入れを守った女中たちが犠牲になってしまう。

 その頃、反乱軍の関軍曹・織本順吉は「首相の部屋にいたソックリ幽霊(初老、デブ)がいた」という部下の報告に、首相存命の疑いを抱く。関軍曹は弔問客の人数がおかしいと森少尉・大村文武や鶴間中尉・亀石征一郎らに報告するが、作戦成功に調子こいていた彼らは関軍曹の話に耳を貸さない。速水秘書官とともに搬出される棺桶に、慌てて待ったをかけた関軍曹は、二人の女中、きく・久保菜穂子、とめ・中原ひとみのうち、たぶん栗林中尉が「奥さんにしたいタイプ」だと思われる(な、わけない)とめに遺体の首実検をさせる。緊張のあまり泣き叫ぶ女中の姿に「俺の女房を苛めるんじゃねえ!」じゃなくて、すべてを悟った栗林曹長は憤然と霊柩車を見送った。反乱軍はこの二日後に鎮圧された。

 陸軍の鎮圧を渋る海軍大臣・神田隆や、ノーリスク主義の内大臣・江川宇禮雄に対して、独断で(一応、分隊長の許可は、あり)作戦を決行した小宮曹長たちの行動には若干無理があるような気がしないでもないが、軍隊の警察という憲兵の立場からすれば、当然の行為だったと言えるかも。にしても、同じ建物の中にいて見つからないという設定はちょっと無理、て言うか、伝えられるように義弟の決死の覚悟による芝居なくしては成立しなかった実話、ま、多少の脚色は必然の範囲内。

 いや、緊迫したぞ、かなり。装甲車がミニアチュアで、都心の雪景色がマット絵だったりするのだがそんな貧乏臭さが吹っ飛ぶほどのハラハラ感だ。あまり作り込まない演技指導(三國連太郎のナチュラルな濃い演技除く)がクサミを消してくれ、ドキュメンタリードラマっぽい仕上がり。しいて言えば高倉健による「反乱軍の兵隊さんたちとのフレンドリー作戦」がちょっと脱力だったりする以外は、かなり高密度の脱出映画である。

 あと、それっぽい役者を配置したのもグー。柳永二郎の押し出し、江川宇禮雄の上品さはビッグネームが大挙して右往左往するより(台所事情的に不可だったかも)ピンポイントで適切。真相に最も近づいた織本順吉の誠実さや一途さも極限状態のあやうさを創出していてナイス。ああいう、普段はきっと穏やかな人が職能的にヒートアップせざるを得なくなるのが戦場というものなのだろう。

 冷静で有能な秘書官の三國連太郎は後に「戒厳令」で北一輝を演じる。立場が百八十度逆転してもサマになる三國連太郎、しかもどっちを演じていても、その胡散臭さにおいて光り輝くというのが凄い。千葉真一の初々しい兵隊姿も新鮮。ちなみに中山昭二と久保菜穂子は新東宝の憲兵モノで活躍の経験あり。特に、真剣になればなるほど目が怖い中山昭二、貧乏臭さと陰湿さをかもし出して、これもまたいい味に。

2006年04月09日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2006-04-09