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新 仁義の墓場


■公開:2002年

■製作:大映

■製作:武知鎮典、松島富士雄

■監督:三池崇史

■助監:加藤文明

■脚本:武知鎮典

■原作:藤田五郎

■撮影:山本英夫

■音楽:遠藤浩二

■美術:尾関龍生

■主演:岸谷五朗

■トピックス:

ネタバレあります。


 深作欣二・監督&渡哲也・主演の「仁義の墓場」は、史上最悪&最強のドやくざ映画と言えたが、今回は時代を「最近」へスライドしたぶんだけ生々しさが倍増。それにしてもなんですな、この映画見ててもあまり驚かなくなっている自分が、そっちのほうが映画よりもずっと怖いんじゃないかと。

 主人公の石松陸夫・岸谷五朗はかつての石川力夫(こっちが実名とおぼしき)と同様、平成やくざの世界でも突き抜けた異形の者である。

 旧態然とした「仁義」にこだわる兄弟分・山下真司美木良介らを、しかもそのほとんどが自分を保護しようとしているにもかかわらず、行方をくらまし、シノギを妨害し、金をせびり、あまつさえ撃ち殺してしまう。とうとう親分・山城新伍をもハネてしまった陸夫は破門される。

 陸夫は自分の内縁の妻・有森也実に対しても薬物を注射し自分と同化させようとするが、野獣と同様のことを一般人にすれば当然、彼女は死亡。やくざですら手がつけられなくなった陸夫を、組織の幹部が警察へチンコロして逮捕させるのだが、陸夫は腐った牛乳を飲んで食中毒になり(マジで)病院へ搬送されるも脱走、糞尿にまみれて復讐を果たす(しかもトンだ誤解で)。

 日活ニューアクションから東映映画に移籍した渡哲也には古式ゆかしいやくざ色がまったくなかったからこそ、この実在した(という事実が映画をはるかに超えてるわけだが)主人公を演じて違和感なかったんだと思うが、今回は岸谷五朗である。Vシネの哀川翔や白竜や竹内力がこの役をやってもたぶん「ああVシネっぽいなあ」と思っただけかもしれないが、今回は「京阪神殺しの軍団」で眉をすっぱり落とした梅宮辰夫を見てマジで怖かったときの「感動」を再現させてくれたほどの「かぶき」っぷりが意外で異常で突き抜けた、の感。

 「眉落とし」という近代暴力団映画における最終兵器はここでも健在。

 もともとアソコが薄い隆大介は何もせんでもすでに怖いが。

 東映やくざ映画が伝説となってそろそろ30年くらいたつ。監督はノスタルジーに浸りたがってるかもしれない観客をあざ笑って、間抜けな大親分・丹波哲郎(は共犯かもしれないが)を登場させ、曽根晴美(前作とほぼ同じ役、息の長い俳優さんである)額をぶち抜いて見せ、石橋蓮司の頭をカチ割ったんだろうか。

 手を焼かせる、どころか身の破滅になりかねない陸夫をかばった兄弟分たちはなぜ陸夫を積極的に始末しなかったのだろうか?彼らは陸夫に自分自身の存在価値を求めていたのかもしれない。陸夫を見捨てることは即、自己否定になってしまう。取り残されてしまったのは陸夫ではなく、彼をかばった山下真司と美木良介なのであり、陸夫の存在は彼らに引導を渡す役目なのである。

 戦後の混乱期という前作の時代背景には「価値観の急激な変化」とともに「うまいこと乗っちゃう人、取り残される人、わけわかんなくなっちゃう人」という多様なキャラクターを生み出すカラクリがある。現代もまた、いや、いつでもそんなもんなのさ、ということなのか?実在の石川力夫は大変に頭のいい人だったらしいが、そうした人物はえてして「ささいなこと」でキレるものである。それもまた時代の普遍性なのか。

 かつてアイドルだった人がやくざ映画に出てびっくりしちゃうのは「仁義なき戦い」の桜木健一で経験しているが、今回は元光GENJIの大沢樹生、若手幹部というよりはホストに見えちゃうのがやや難か。整いすぎた顔の人は使いどころに困るのだがなんとなく山城新伍親分の側にいると「襲われそう」な雰囲気もあったりなんかしてちょっとドキドキ。

 このほか有森也実の勤めるキャバクラのママに中山麻里、陸夫に顔面パンチくらってお気の毒だがあまりにもハマっていたので今後に期待。

2003年08月17日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-08-17