「日本映画の感想文」のトップページへ

「サイトマップ」へ


愛の亡霊


■公開:1978年

■製作:大島渚プロダクション、アルゴス・フィルム、東宝東和(配給)

■製作:アナトール・ドーマン、若槻繁

■協力:若松孝二

■監督:大島渚

■脚本:大島渚

■原作:中村糸子「車屋儀三郎殺人事件」

■撮影:宮島義勇

■音楽:武満徹

■美術:戸田重昌

■主演:田村高廣

■トピックス:


 明治二十八年、車夫の儀三郎・田村高廣は、若い女房のせき・吉行和子とまだちっちゃい男の子と暮らしている。上の娘、おしん・長谷川真砂美は子守奉公で盆暮れ正月にしか帰ってこない。ルックスも実年齢も年寄の儀三郎に対してせきは三十歳くらいにしか見えない。兵隊から帰って来た豊次・藤竜也は、頭の弱い弟・杉浦孝昭(現・おすぎ)と一緒に暮らしているが、最近、お饅頭なんかを手土産にして、儀三郎のいない昼間にせっせとせきの家に通っている。

 ある日、ついに一線を超えたせきと豊次は、豊次の発案により儀三郎を殺害し古井戸に死体を捨て、東京へ出稼ぎに行ったと誤魔化してしまおうということになり、焼酎をうんと呑ませて眠り込んだ儀三郎の首に麻縄をかけた二人は力任せに首を締めて殺した。断末魔、一瞬めざめた儀三郎だったがやっぱり死んでしまい、これまた二人にえっちらおっちら山の中へ運ばれ古井戸へ放りこまれてしまう。

 3年がすぎて、いくらなんでも連絡がないのはおかしいだろう?ちったあ心配するんじゃないの?フツー?ということで村人たちが儀三郎の不在を疑問に感じはじめて、ついでに豊次とせきの仲もとやかく言うようになると、せきは徐々に焦り始める。そんなとき、たまたま里帰りしていたおしんが奇妙な夢を見る。儀三郎は「誰か知らない人」に殺されて古井戸に放りこまれた、と言う。儀三郎は他の村人の夢枕にも立つが決して犯人の名前は言わない。

 幽霊はせきのところにも現れる。ついに巡査・川谷拓三が村へやって来て、古井戸に落ち葉を投げ込んでいた豊次のことを地主の若旦那・河原崎健三が巡査に告げてしまう。焦った豊次は若旦那を殺し、自殺に見せかける。せきと若旦那がデキていて儀三郎が邪魔になったからぶっ殺し追い詰められて自殺したという噂が広がるが、巡査は豊次を疑う。せきは豊次と一緒に儀三郎の死体をどこかへ隠そうと、あの古井戸へ降りていくが、、、。

 計算できない年増女が年齢に不釣合いな若い身体をもてあまし、亭主が嫌いというわけじゃないのだが、それは一種の倦怠期みたいなものだったが、新しい男以外になにも見えなくなってしまう。幽霊はせきのところに現れるのだが、これが恨み言一つ言わない。

 逆ギレしたせきに「なんで恨んで自分の名前を言わないのか?ちゃんと見たんだろう?」と問い詰められたときの儀三郎の幽霊の表情が巧い。悔しいのか、悲しいのか、慙愧に耐えないとでも言うか、自分が言わない理由を理解してもらえないので自分でもどうしていいのかわからない、といったような極めて人間臭い幽霊だ。おそらく、死んだとたんに残虐になったり、屈強化したりする古来の怪談映画の世界にいる「幽霊」と比較して、生きていた頃と少しも変わらない生々しさが滑稽でもあり、当時、かなり新鮮な驚きがあった。

 平成の時代になって多くの和製ホラー映画に出てくる死者が現実性と日常性をもって登場するのを見ると、本作品は日本映画の「幽霊」の常識を変えた一つの作品なのかもしれないぞ。

 逃げ切れないとわかったせきと豊次が光の中で抱き合うシーンはオーギュスト・ロダンの「接吻」みたいで、そういえばあちらはダンテの「神曲」に出てくるパオロとフランチェスカの悲恋物語がオリジナル。あちらの亭主は嫉妬に狂って恋仲になった二人を殺すが、こちらの亭主は、くたびれて少々情け無く愛嬌がある。

 豊次以外の家族も世間もなにも見えなくなったおせきの両目を最後につぶした儀三郎の目的はなんであったか。復讐とか戒めとかそんなんじゃなく、それは自分の変わり果てた姿を女房に見せたくなかったのだと思いたい。

2003年02月09日

【追記】

※本文中敬称略


このページのてっぺんへ

■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16