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蝉祭りの島


■公開年度:1999

■制作会社:ジャパン・アート、アーバンタイムス、セゾン・コーポレーション

■監督:横山浩幸

■脚本:高橋美幸

■原作:

■撮影:柳田裕男

■音楽:安川午朗

■美術:茂木豊

■特撮:

■主演:土屋久美子

■寸評:平成版「カルメン故郷に帰る」


 「ストリッパー」「故郷」というキーワードで即「カルメン故郷に帰る」を連想してしまうのは筆者のドタマがとてもシンプルだからでしょうか?

 ストリッパーと言えば「ヒモ」。というわけで主人公である珠子・土屋久美子の亭主(つまり「ヒモ」)の卓・北村一樹は「わしわし」と鳴く蝉(クマゼミ、たぶん)を追いかけて交通事故で死にます。卓の遺骨を故郷である南の島へ届けに行った珠子は、そこで人気女流作家の秋山陽子に間違われます。卓の母、ウシオ・吉村実子に冷たくあしらわれ、珠子は卓が死んだことをウシオに言いそびれてしまいます。

 島の村長・長島慶造と助役・桑野信義は珠子を大いにもてなして島をテーマにした小説を書かせようとします。村長はその小説を村おこしの起爆剤にしたいのでした。やがて島に本物の秋山陽子・土屋久美子(二役)がやってきて、珠子の正体がバレてしまいます。

 チンタラしているロクデナシ、珠子のどうしようもなさ加減とは裏腹のヴァイタリティーが魅力です。土屋久美子の身体があまりに細いので身ごもっているようには最後まで見えませんでしたが、まあ目立ってくるのは妊娠後期ですからたぶん3ヶ月くらいだったんじゃないでしょうかね。

 珠子が自分を警察にチンコロした島のジジイが謝りに来たとき、何も言わずに一緒に踊るシーンがあります。筆者はこのままジジイと珠子が「寝てしまった」んじゃないかとちょっと心配でしたがストリッパーと売春婦は別物。このシーンではいまどき見失われがちな女の「身体を張ったやさしさ」というか大らかさが目一杯出てて、この映画全体を覆う倦怠感をほのぼのとした暖かい空気に変えてくれます。

 ツマンナイんですが、観終わっていい映画だったな、と思えます。自然の風景をふんだんに取り入れたロケーションはCGやスタジオドラマにはない芳醇な気持ちを観客にプレゼントしてくれます。こうした大地や海や空の大きさは、映画に登場する母親たちを象徴しているのかもしれません。

 若いときは落武者殺して身包み剥いでた(「鬼婆」参照)パワフルガール、吉村実子。歳とってもチンパンジー似の人懐っこい表情は変わらず、寂しくて温い土着的な母親像を描き出す本作品では「猿の惑星」におけるジーラに激似(誉めてるんですよ)でした。

 最近の日本映画における常連俳優、田口トモロヲ、大杉漣とはマスクの綺麗さで一線を画す華麗な飛び道具、北村一樹が顔とやることのミスマッチを生かして本作品でも出場の少ないわりに印象に残ります。役へのコダワリみたいのが苦労話にならないところがこの人の好きなところです。

 訳知りの医者・竹中直人と心臓を患っている少年の存在がなんか最後まで疎ましかったけどなんででしょうかね?あの二人だけちゃんと「芝居してた」からでしょうかね?

2002年08月18日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-06-22