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破れ太鼓


■公開:1949年
■制作:松竹京都、松竹(配給)
■製作:小倉浩一郎
■監督:木下恵介
■助監:小林正樹、倉橋良介
■原作:
■脚本:木下恵介、小林正樹
■撮影:楠田浩之
■音楽:木下忠司
■美術:小島基司
■主演:阪東妻三郎
■寸評:後年、松竹は進藤英太郎を起用してTVドラマ「おやじ太鼓」で本作品をリメイク。


 土方から身を起こし一代で企業のオーナーになった津田軍平・阪東妻三郎は成金特有の悪趣味でゴージャスな屋敷に住み、家庭の内外では他人の存在をまったく認めず絶対の自信でもって支配しようとする超ワンマンの暴君です。

 軍平の家族は、妻の邦子・村瀬幸子、土建屋が性にあわずオルゴール会社を起業しようとしている長男の太郎・森雅之(え!?)、ピアニスト志望の次男、平三・木下忠司(木下恵介監督の実弟で本職の音楽家、ピュアな好演)、医者を目指す三男の又三郎・大泉滉(子役時代の出世作が「風の又三郎」)、この他、政略結婚させられそうな長女、秋子・小林トシ子、シェークスピア演劇に没頭している次女の春子・桂木洋子を含めて6人も子供がいます。それと癲癇持ちの女中、軍平の横暴に堪忍袋の緒を切らせて水商売に身を投じた元女中・賀原夏子など、とにかく軍平の周囲に彼のことを「好き」っていう人はほとんどいません。

 ある日、秋子と外出した軍平が青年画家、野中茂樹・宇野重吉の絵をひっちゃぶいて一言もお詫びしないというささやかな事件が起こります。申し訳ないと思った秋子は茂樹の藤沢の実家を訪ねますが、そこには自分の家とはまるっきり正反対の、芸術に深い造詣のある父親・滝沢修と母親・東山千栄子が貧しいながらもお互いを慈しみあう夢のような家族関係がありました。

 やがて軍平の会社は左前になりついには銀行の融資がストップして倒産します。太郎は母方の叔母さん・澤村(沢村)貞子とともに会社を設立し家を出ています。母の邦子は次女と三男と四男を連れて家出、女中もいとまごい、などという散々な状況の軍平ですが次男の平三だけは、オヤジを揶揄した「破れ太鼓」の歌を作ったりしていたのに最後まで父のそばにいて、軍平も張り詰めていたものがふっと途切れ、堰を切ったように家族への愛情を激白して号泣してしまいます。

 愛情の表現っていうのは難しいもので、オーヴァーでもいけないし小出しにしすぎても駄目、まして出さないのが美徳なんてのは時代錯誤も甚だしいので、こうした当時でも「古い頑固オヤジ」がちょっぴり照れつつもコミュニケーションを図って家族が再生するという、それまで時代劇の剣豪というイメージが強烈なバンツマのファンに対しては嬉しいくらいに予想を裏切りまくるキャラクターを当てた作品です。

 「バンツマさんが今までやったことない役、お洒落な背広を着せて持ち前のオーヴァーなアクションをさせたらどうなるか?」という木下恵介の思い付きだけでここまで作り上げちゃったんですが、二枚目で愛嬌のあるバンツマさんの顔がクルクルと変わるだけで観客はとても楽しいのです。

 しかし新劇の役者って年齢詐称が激しすぎ。滝沢修と宇野重吉は8歳、阪東妻三郎と森雅之は10歳違い。息子二人はもう思いっきりなおぢさんなのに未だに夢見る青年役という無理やりさ。舞台にはアップないからなあ、、、。

 すでに50年以上も前に作られた映画なのに未だに多くのホームドラマを見ていると「軍平的なもの」が生き延びているのは凄いことだと思います。それは概ね表面上は否定的なのですが、日本人が心のどこかで渇望している「強い(わがまま)だけど根は優しい父親像」の具体化の一つの例として、日本人が大好きな俳優の阪東妻三郎のキャラクターを生かし、当時まだ敗戦の痛手から立ち直りきれてない日本で、急激な人心の変化に取り残された戦前世代と戦後世代のジェネレーションギャップを巧みに盛り込ませて描いたところは、さすが世相をうつす鏡=ホームドラマの名手・木下恵介監督の手腕と言えるのでしょうね。

 1970年のテレビ版では大柄で威圧感のある進藤英太郎が軍平役でしたが、当時の進藤さんは「シンドウの社長シリーズ」とかのコメディー映画にも多数出演していたので本作品のバンツマさんのようなミスマッチのインパクトは少なかったですが大声で怒鳴るところは、元々声の優しいバンツマさんよりかはかなり迫力ありました。こちらの出演者はあおい輝彦、園井(脱税王)啓介、風見章子ら。

2001年12月15日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16