淑女は何を忘れたか |
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■公開:1937年 |
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東京の麹町に住む、有閑マダムの時子・栗島すみ子は暇こいているので友達の千代子(有閑マダムっていうか、、以下自粛)・飯田蝶子、未亡人の光子・吉川満子と火鉢囲んでおしゃべりするのが日課です。時子の夫は大学教授の小宮・斎藤達雄で、万事おだやかでヌーボーとした小宮に対して光子はちょっと倦怠期を感じている今日この頃なのでした。 そこへ大阪に住んでいた姪の節子・桑野通子が転がり込んできます。彼女はモダンガールなのでタバコもお酒も車の運転もオッケーな活発なお嬢さんです。若くてピチピチの節子が小宮といっしょにダベってるだけでオバサンの時子はちょっとドキドキしています。そんな節子は威厳の無い小宮が歯がゆくてしかたありません。 ある日、専横的な妻から逃避するためにゴルフに行くと言って教え子の岡田クン・佐野周二の住む下宿に荷物を隠し、バーへ出かけた小宮を追って節子がやってきます。午前様になってしまった節子を岡田クンに送らせたことからアシがつき、小宮の嘘がばれてしまったので、時子の怒りが爆発し節子を大阪に帰らせようとします。ヒステリックになった時子のホッペタに小宮にビンタが飛びました。 反省した時子でしたが先に謝罪したのは小宮でした。節子はまたもや「だらしない!」と小宮に言いますが小宮はおだやかに笑うだけでした。 倦怠期の夫婦が若い衆に刺激されて燃える、っていうか危機を脱出して夫婦円満になるというストーリーは、あきらかに本作品へのリスペクトが感じられる市川崑監督が森雅之と水戸光子を夫婦役にした「あの手この手」と岡本喜八監督が上原謙と新珠三千代で撮った「結婚のすべて」あたりを見たことがありますが、ようするに「男が折れる」が大原則でその結果「女が惚れる」というパターンがどうやら定石のようですね。 で、どの作品でも夫がイイ味出してンですよ。ちょっとこう、だらしないんだけど基本的にこういうのはいくら芝居が上手いからって二枚目じゃない人がやっちゃダメですね、女房が「惚れなおす」に値する二枚目がやってくんないと説得力ゼロです。つーか結局のところ無細工な野郎には夢も希望もないっていうか映画ってそういうものですから、あきらめましょうね。 本作品の斎藤達雄は180センチ超の長身ですから当時も今もとりあえずルックスはオッケーって感じで、指がとっても綺麗なんですねこの人、長くて繊細で。そういう身体にマエストロ風のソフトなオールバックですから、この際、ちょっとくらい薄くてもどうでもいいです、ナイーヴな魅力全開で本当にステキです。 オマケで歌舞伎座のシーンで顔出しする上原謙は「大船の上原よ」なんて言われちゃって、いやあこりゃ豪華なオマケですよね、にしても顔がよく見えないのがシャクですが。 しかし当時の松竹大船って二枚目の宝庫ですな。松竹三羽烏の一人である佐野周二は、あの、いけ好かない、なれなれしい、あんた何様?の司会業タレントをしている息子の関口宏とは雲泥の差の健康的な二枚目で、未亡人の息子・突貫小僧(青木富夫、2001年「忘れえぬ人々」「ピストルオペラ」で奇跡の復活)に数学の宿題でハナを明かされてもニコニコしてるだけで画になりますからねえ。 桑野通子は「青春残酷物語」の桑野みゆきのお母さんです。清水宏の「ありがたうさん」でも売られていく田舎娘を憎まれ口をききつつ田舎のエロ紳士の魔の手から救い、さびしく去っていく女給役で男っぷりのよさ(っていうか女性ですけど)を披露しましたがここでもただのワガママ娘かと思いきや、一本スジを通す近代的な娘を嫌味の欠片も無く演じます。栗島すみ子のキンキンした奥さんは亭主の前ではああですけど、女友達の中じゃあちょっと寂しがり屋さんって感じで、大スタアですけど親しみやすい女優さんですよね。この二人がまるっきり好対照なので映画に深みがあります。 桑野通子は美人で聡明で男勝りで本当に魅力的な女優さんでしたが急逝したので、松竹は社葬をしたそうです。当時の彼女の実力と人気が偲ばれる話ですね。 小津安二郎監督としてはトーキー(音の出る映画)第2作目だそうですがもうカメラに出演者が対面(ちょっとオフセットですけど)する、視点が固定される、ローアングルってのはこの頃からあったんですね。 最後に奥さんとイイ感じになった、栗島すみ子の「寝れるわよ〜ん」という色っぽい台詞に続く斎藤達雄がノリノリで、ラクダのシャツからのびた手首をぽりぽり掻くところがサイコーに笑えます。男の照れ隠しって本当にカワイイですよね。 (2001年12月09日) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2007-04-01