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その夜の妻


■公開:1930年
■制作:松竹キネマ(蒲田撮影所)
■監督:小津安二郎
■助監(監督補助):佐々木康、清輔影
■脚色、翻案:野田高梧
■原作:オスカー・シスゴール「九時から九時まで」
■撮影:茂原英雄
■美術:脇田世根一(舞台設計)
■音楽:※サイレント映画
■主演:岡田時彦
■備考:岡田時彦に惚れてみませんか?


 主演の岡田時彦は1903年東京に生まれ、1934年1月結核のために死去しました。かつて高田稔、鈴木伝明とともに「蒲田(松竹)三羽烏」と呼ばれた美男子俳優は、女優の岡田茉莉子の父親です。本作品は1952年松竹大船、監督・池田浩郎、主演・伊沢一郎でリメイクされています。この時の刑事役は有島一郎、妻役は水原真知子でした。

 1998年、東京大学総合研究博物館で「デジタル小津安二郎展・キャメラマンは厚田雄春の視」が開催されました。その際、坂本竜一が新たに作曲した劇伴と併せて本作品が上映されたそうです。なんだかリバイバルされた「メトロポリス」みたいに悲惨なことになってんじゃないだろうなあ?というヤな予感もあって食わず嫌いをしてしまったのですが、今回、サイレントをオリジナルのまま鑑賞してみて改めて本作品のアメリカっぽさを堪能しました。

 戦前のこうしたモダンな映画を楽しむコツは、舞台が日本だと思わないことですね。実際、戦前のお洒落な風景や浮世ばなれした美青年の岡田時彦を見ていると、コレって本当に日本なの?と心底、自信無くなります。

 物語は真夜中の都会の片隅から始まります。

 危篤状態になった一人娘のみち子・ 市村美津子の治療費欲しさに強盗をしてしまった橋爪周二・岡田時彦はたった一人で看病をしている妻、まゆみ・八雲恵美子のもとへひとつかみの札束を持って急ぎます。しかし途中で乗ったタクシーの運転手は刑事の香川・山本冬郷でした。

 香川は周二の家にやってきます。迎えたまゆみは気丈にも周二が持っていた拳銃を突きつけて夫を逃がそうとしますが、看病疲れでうたた寝したスキにあっさりと拳銃を奪われてしまいます。香川は娘の病状がはっきりするまでは逮捕を待ってくれるようです。夜が明けてみち子の病状が安定した時、香川が居眠りしている間にまゆみは周二を逃がします。

 香川が家を出ると逃げたはずの周二がそこにいました。「娘のためにも逃げ回るのはもうやめた」周二と香川は、まち子を抱いたまゆみに見送られて家を出て行きます。

 拳銃をつきつけて人質を取り、警察へ連絡した職員を撃ち殺す大胆な手口はまるっきりハリウッドのギャング映画みたいです。ま、いくら覆面してもあの岡田時彦の作り物のような目の力強さは隠しきれないというのがミソですが。サイレントでお囃子なんか(当然ですけど)ないのに、刑事に拳銃をつきつけるまゆみの切羽詰った表情を見ているとドキドキハラハラ、思わず画面に集中してしまいます。

 刑事役の山本冬郷は本当にハリウッド映画に出演したことがある人で、もっさりとした、ていうか肉食のアメリカ人と堂々と渡りあえるような大柄な体躯(だってもう岡田時彦が子供に見える)で悠然と、この子供のために何もかも投げ出す哀れな父親と母親を見守るのです。いいんですね、どことなくヌーボーとしている、大人な雰囲気がたまりませんね。

 大昔の映画だからトロいんじゃないかという目論見はあさっての方角に嬉しいくらいに外れました。娘に対する惜しみない愛情と一時も気を許せない、夫婦と刑事の対決は本当にスリリングだし、警官隊との追っかけシーンも、ナイトシーンから明け方まで全力疾走します。

 まゆみが和服で娘がおかっぱアタマなのでかろうじてここは日本なのだな、と認識できますがあとはまるっきりアメリカ映画という、小津安二郎の若き日の作品です。

2001年11月04日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16