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現代任侠史


■公開:1973年
■制作:東映京都、東映(配給)
■監督:石井輝男
■助監:皆川隆之
■脚本:橋本忍
■原作:
■撮影:古谷伸
■美術:鈴木孝俊
■音楽:木下忠司
■主演:高倉健
■備考:水と油の共演は?


 島谷良一・高倉健は松田組という関東有数の暴力団で次期組長と目されましたが、先代の息子である松田初治・郷英治(郷さんの名前は当て字です、本当は金ヘンに英、文句はマイクロソフトへ)に譲って自分は銀座で「寿し銀」というおすし屋さんを経営しています。経営者ですが寿司は握りません。お店の従業員は「チーム・網走」の善さん・田中邦衛と先輩で善人まるだしの武志・南利明です。

 島谷は人情味あふれる人なので貧乏そうな学者風の客・北村英三が支払いに困っていると、まるで「一杯のかけそば」のようにさりげなくディスカウントしてくれます。お父さんが南方で戦死したとき、その遺品の軍刀をゲットした米兵がいまさら返還してくれたため、島谷はちょっとした時の人になっていました。彼を取材しに来た週刊誌の記者、仁木克子・梶芽衣子は仕事そっちのけで島谷にラブアタックします。

 そんな充実した一般人ライフを送っていた島谷とは別に、組を継いだ初冶は、関西系の永井組組長、永井辰吉・内田朝雄と本来は自分の傘下にあるはずの関口組組長、関口功・小池朝雄の「W朝雄」が結託して松田組を乗っ取ってのし上がろうとしていたので、気が気ではありませんでした。永井組の若い者頭、栗田光男・安藤昇は偶然にも島谷のお父さんの元部下でなかなか面倒見の良い人でした。

 関口と永井の挑発行為はどんどんエスカレートしてついに初冶が殺されてしまいます。初冶の子分、船岡・夏八木勲と美人で茨城訛りがキュートな恋人のエリ・中村英子は敵討ちに行って逆に殺されてしまいました。

 松田組の幹部で人格者の中山・成田三樹夫と栗田は事が大きくならないように右翼系の大物政治家、湯浅正一・辰巳柳太郎に仲裁を依頼し、その話し合いのために島谷の店に行く途中で関口の部下に射殺されます。

 ノミ屋は暴力団の資金源、その資金源からさらに上前をハネている政治家には義理も人情も欠片もありません。ある意味、真面目な若い衆を片っ端から金もうけの邪魔になると言う理由で殺しまくった年寄り三名、関口、永井、そして湯浅の身体に島谷の正義の長ドスが振り下ろされます。

 やくざ映画でこれほどまでにラブロマンスが大きく取り上げられた作品というのは珍しいと思われます。高倉健と梶芽衣子のまるで青少年の男女交際のごとき清いお付き合いの段取りは、今まで女っ気よりも男気を最優先していた高倉健のコンセプトを根底から揺るがすようなインパクトがあります。て、言うか「そんな人だとは思わなかったわっ!」とでも言ってやりたいというか。

 そんな健さんでもカッコイイから、まあいいかって気もしないでもないですけど。

 飛行機から降りてタラップ上でイキナリ日本刀を持ち、羽田空港を和服で闊歩する健さんに時空の歪みを演出したところまでは間違い無く石井輝男監督のワールドでしたが、以降は橋本忍の群像ドラマにしちゃあ薄っぺらで違和感アリアリ、石井監督の映画を期待していると思いっきり肩透かしを食らうという、謎の多い映画になってしまいました。

 とりあえず石井輝男と橋本忍を組み合わせて見たいと考える人はあまりいないと思うので実現させた人は凄いんじゃないかと思いますが結果が見事に「足して二で割った」ようになったんならまだしも「足したらプラマイ0でした」みたいなオチなので結果的にちょっとなあ、というところです。

 元本職の安藤昇はまだしも、人格者=成田三樹夫(あくまでの映画の中で)というのはあまりにも無理で、客のオーソライズが最も得られない設定だったと思ったのは私だけではないはず。だから橋本忍さん、もっとヤクザ映画みなさい!って感じ。

2001年11月04日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16