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忍びの者 霧隠才蔵


■公開:1964年
■制作:大映京都
■監督:田中徳三
■助監:
■脚本:高岩肇
■原作:
■撮影:武田千吉郎
■美術:内藤昭
■音楽:伊福部昭
■主演:市川雷蔵
■備考:プロレタリアートの悲哀物語からヒーローものへ。


 大阪冬の陣は徳川家康・中村鴈治郎の目論見通り圧倒的に有利な条件で和睦に持ち込みます。豊臣秀頼・成田純一郎、淀君・月宮於登女の母子はひとまず安心しますが、家康は一方的に和睦の条件を歪曲して大阪城の破壊と豊臣一族の滅亡を狙います。

 家康はマザコン息子とその息子を溺愛する馬鹿母なんかどうでもよくって、彼が最も怖れていたのは知将、真田幸村・城健三朗(若山富三郎)と息子、大助・小林勝彦の動向でした。幸村にテンポラリー採用された忍者、霧隠才蔵・市川雷蔵は徳川のプロバー社員である伊賀忍者軍団と壮絶な死闘を展開します。

 「忍びの者」シリーズも第4作目になるとあの手この手、という感じがしないこともありません。特に前作品「新忍びの者」で豊臣秀吉を暗殺しようとしていた市川雷蔵がいきなり、反対側の人になってしまうというのはかなり無節操というかいいかげんというか。また、初期の思想性はとんと失われてひたすら派手でわかりやすい忍者アクションを増やしエンタテイメント性がアップしているのもファンの評価が分かれるところかもしれませんが、私は両方とも好きなので路線変更で作品の品質が「落ちた」とは思いません。

 ただひとつ不満なのはほとんど覆面姿なので雷蔵さんの顔がよく見えない、ってことでしょうか。アクションが増えたのでスタントシーンも多いから顔が見えないほうが都合いいんでしょうけどね。

 忍者は所詮、権力者に使われる身分であるという思想は一貫していますし、武将である幸村が面目を重んじて自害しようとするのを止めた才蔵の心の奥には、戦乱が続けば忍者のニーズは落ちないし、ひょっとするといつか天下を取れるかもしれないという野望が見え隠れしているのはシリーズ第一作から踏襲されているキャラクター設定です。雷蔵さんがステキな声で忍者仲間と鍋囲んで愚痴たれている、と言うか野望を語るところ、はサラリーマンしている観客から見ると、妙に親近感がわいてしまいました。

 永井智雄から三島雅夫、そして本作品では中村鴈治郎へ徳川家康の役は変遷していますが、どんどん人相と根性が悪くなっているような気がします(あ、失礼?)。本作品の家康は孫娘の千姫・田村和の懇願をあっさり却下したり、とっさに影武者になりすまして生き延びるなど頭もいいし本当にワルです。そのあたりの漫画っぽさが品格のなさにつながっているような気もしますが、雷蔵さんのカッコよさが引き立つので良しとしましょう。

 やはりヒーローものには絶対的な悪役が必須です。家康に雇われた忍者の筆頭、代藤次・須賀不二男が踏まれても蹴られても家康にこびる姿のみっともなさもグッドです。

 才蔵のかつての恋人で、冬の陣の時、徳川の郎党たちに輪姦されて遊女に身をやつし、伊賀忍者の拷問を受けて頭がパーになりかかり、再会した才蔵にどこまでもついていく茜・磯村みどりは、途中までは、あんたアッタマ悪いんじゃないの?とイライラしていましたが、コケの一念岩をも通すのことわざに倣い、その計算抜きの一生懸命さが最後に観客の同情を一身に集めます。この人がいたからこそ家康の非道ぶりが際立ったとも言えるのでとても重要な役どころです。

 「忍びの者」初期2作品の織田信長役でバイオレンスな魅力を炸裂させた城健三朗は今回は知将の名にふさわしい存在感です。静的な芝居でも圧倒的なボリュームがこの人の魅力ですね。

 淀君の月宮於登女は「大魔神」で五味龍太郎をびびらせた巫女役で特撮ファンにはよく知られますが戦争直後から舞台の子役として活躍していた人でケレン味のある芝居を小さな身体でよく表現できる女優さんです。出場は少ないですが息子の秀頼に対する情念とも言えるような愛情のあまり千姫に辛くあたるシーンが下品にならず力強さの中に哀れさが出ていてとても印象深いものがありました。

2001年10月16日

【追記】

※本文中敬称略


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file updated : 2003-05-16