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背徳のメス


■公開:1961年

■制作:松竹

■監督:野村芳太郎]

■脚本:新藤兼人(脚色)

■原作:黒岩重吾

■美術:大角純一

■音楽:芥川也寸志

■主演:田村高廣

■備考:ブルーリボン賞 助演女優賞 1961 高千穂ひづる

ネタバレあります


 医者の役をやってサマになる俳優の条件は「人を殺した人間の目」ができるか否かであると思う。

 大阪の阿倍野病院は、設備が古くて来る患者の生活水準も相当に低いためか、産婦人科では育てきれない子供を堕胎させるほうが出産するよりも多いんじゃないか?というくらい。

 そこに勤務する若い医師の植(うえ)・田村高廣はアルバイトで売春婦の治療をする女たらしです。薬剤師の加納・高千穂ひづるは植に夜這いされるし、看護婦の葉月・葵京子は植の元彼女で、有吉・瞳麗子は手癖が悪く、産婦人科の部長、西沢・山村聡は金次第で治療に格差をつけ、院長・加藤嘉は宗教団体の人なのでまるっきり現実を直視しないと言う、どいつもこいつもトンでもない奴らです。

 婦長の佐藤・久我美子だけは誠実に仕事をしていて院内では信頼も厚いのですが本人としては33歳にもなって結婚はおろか男の一人も出来ないことをちょっと気にしているようでした。

 ある日、やくざの情婦が西沢の手術ミスで死んでしまいます。亭主の安井・城所英夫は立ち会っていた植に証言を求めます。植は自分の出身大学についてネチネチと嫌味を言う西沢が嫌いでしたがヤクザはもっと嫌いでした。脅された西沢は植を買収しようとして失敗します。

 手遅れの患者を植に押しつけた西沢は、婦長の佐藤に植の医療ミスをスパイさせます。その夜、宿直していた植の部屋のガス栓が何者かによって開かれるのでした。

 病院を舞台にしたミステリーやらなんやらは日本医師会様のいぶし銀のような圧力により長らくご法度でしたが、最近ではそうでもないようですね。「白い巨塔」は業界のアッパーなところが舞台でしたが、本作品の場合はかなりロウワーな貧乏病院なので、起きる事件も下世話で下品で哀しくて痛ましいです。特に、かの作品で良識派の医師だった田村高廣が正反対の役どころ、と言うのも象徴的です、にしても「白い巨塔」のほうが後年の作品ですが。

 医療業界のドロドロぐちゃぐちゃ映画かと思うとさにあらずで、田村高廣は実は優秀な医者でしたが「種なし」故に大病院の婿入り話が潰れたと言う実に気の毒な身の上。それゆえ事故で廃人になった亭主と一生連れ添わねばならない高千穂ひづる(絶品)に癒されたいために犯したりするわけで、事件の真犯人と奇妙な連帯感まで結んでしまうという、行く場所のない人間たちが奈落の底に落ちていくとてつもなく悲しい人間ドラマです。

 山村聡のスケコマシぶりが圧倒的に悪で、久我美子めがけて「かさかさのオールドミスのくそばばあ!」と(2回も)暴言を吐いたときなんざ「テメーなんかオキシジェンデストロイヤ(久我美子は当時、平田昭彦様と熱烈恋愛中)で溶かされてしまえ!」と思わず叫んでしまったほど。

 「33歳まで純潔を守ってきた」という台詞には時代を感じてしまいますが、保身のためなら患者なんてダイコクネズミと似たようなもんだ!ってくらいは言いそうなこの部長を見ていると、最近現実に発覚している医療事故は別に最近だけのことじゃないのでは?、、ってマジで背筋が寒くなります、そういう(イヤな)意味でちっとも古くない映画なわけです。

 あまり貫禄のないアニイを演じている城所英夫はこの後「ウルトラQ」でパゴスをやっつけるミサイルを開発してくれます、ってそういうんじゃなくて、後に演出家に転じた人なのでそこはかとなく知性的なインテリヤクザ然とした風情がリアル。

2001年08月26日

【追記】

 

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-06-13