私の兄さん |
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■公開:1934年 |
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当節、タクシー強盗が横行しており三ツ星ガレーヂの運転手たちは社長の重太・河村黎吉に助手を乗せてもらえるように団交中。ちょうどそこへ重太の腹違いの弟、文雄・林長二郎が酩酊状態でタクシーに乗せられて来る。彼は重太の家の後妻の連れ子で、何かと母親・鈴木歌子と衝突していたため家を出てやくざと付き合っているのだった。 母親の病気を風のたよりで知った文雄は更正を誓う。そこへ代々木まで急いで行ってくれという客が来て文雄は臨時運転手をかって出る。目的地に着いて降りた客が戻ってくるのを待っている文雄のところへ寝巻きにガウンを羽織った若い女が強引に乗りこんでくる。 女は須摩子・田中絹代といい、とにかくどこへでもイイから行け!と超高ビーなので文雄はブツブツ文句言うのだがどうやらワケありらしいということで、客をほったらかしてタクシーは発進する。 最初は須摩子のワガママに文雄は呆れるんだけど、一膳飯屋で話をするうちに、須摩子の家がブルジョワで、彼女を追っていたのは母親に強制された婚約者であること、文雄と同様に母親と折り合いが悪くて悩んでいることなどが分かってきてとたんに仲良くなっちゃうところがいかにも、って感じ。 車の中で着替えをしようとしてシュミーズ姿になっちゃう田中絹代はどう見ても令嬢って感じじゃないけど、ポンポンと物を言い腰掛に足を投げ出して座るところがホント可愛い。 母親と和解した文雄は兄の後を次いでタクシー会社の若社長になるのだが、とにかく色男が若い娘に翻弄されるの図というのは、なんとなくだらしない感じがして母性本能を刺激するのである。ゆえに、出世してパリっとした姿なんか見たらもう、腰がとろけそうになること請け合いっす。 林長二郎としては1932年の「金色夜叉」ではじめて現代劇をやり、その評判が高かったので続けざまに何本か制作されたうちの一本。この頃の林長二郎は素面では日常生活に支障があるのでは?というくらい非現実的な色男である。ついでに言えば、例の刃傷事件は1937年11月だからまだ無傷、念のため。 無声映画時代の大スタアは関西なまりがとれず、おまけに女形のクセが抜けきらないので女形っぽいしぐさがこの作品の頃はまだ多少残っているので、兄貴の説教聞くときに横座りしてしまったり、台詞のたびにシナを作るようなところがあって、オカマっぽいのがちょっと笑える。 当時、公開されたフランク・キャプラ監督の「或る夜の出来事」は、しがないトップ屋のクラーク・ゲイブルが長距離バスで偶然、大富豪の一人娘のクローデット・コルベールと乗り合わせて丁丁発止の後ラブラブ、っていうスクリューボールコメディ(ちょっとヘンな、っていう感じですかね)の傑作が精神的なオリジナルと言われているらしい。 冒頭のタクシー強盗は「与太者と小町娘」で和製ブルート(ポパイの宿敵)を怪演した山口勇、見た目の分かりやすさが身上っすね。東宝の「三等重役」で初代社長を演じ、亡くなった後も遺影として登場しつづけた河村黎吉の兄貴がものわかりがよくていかにも戦前の大人らしいところを見せる。 私の兄さん、って林長二郎にとっては河村惣吉、田中絹代から見た林長二郎、両方って気もするね。自分を癒して助けて成長させてくれる人、って意味で。 (2001年05月13日) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2003-06-08