「日本映画の感想文」のトップページへ

「サイトマップ」へ


座頭市の歌が聞える


■公開:1966年
■制作:大映
■監督:田中徳三
■助監:
■脚本:高岩肇
■原作:子母沢寛
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:勝新太郎
■備考:走りながら考える、それが座頭市スタイル。


 座頭市シリーズ第13作目。

 脚色の高岩肇が面白いキャラクターを繰り出してきた。

 座頭市シリーズの初期は、特に第1作目の相手が情念の神様・天知茂だったせいか、座頭市の心の葛藤というのが 前面に押し出されていたが、シリーズ化となればアイデア勝負だから、徐々に目に見えるところの変化が追求されて来るので作るほうも手を変え品を変えになってくる。

 次々に現れる新たな敵と対決し、相手もなかなかいいとこ突いてくるので毎回、座頭市はかなりピンチになるが、絶対に負けない。シリーズってそういうもんだから。

 今回の座頭市は、ハンディキャップにあてこんだなかなか鋭い作戦に打って出るフィジカルな敵と、座頭市のアイデンティティを揺るがすような説教野郎というメンタルな敵と戦う羽目になる。

 知能犯の極悪ヤクザ、権造・佐藤慶は、目を付けた宿場に女郎を送り込んで、若い衆を骨抜きあるいは借金まみれにしてから乗り込む作戦で次々と縄張りを広げている。

 座頭市は追い立て食らっている年寄りを助けるために、孫の目前でちんぴらを叩っ斬るのだが、そこへ現れた琵琶法師・浜村純に「子供がオマエにあこがれたらどーするんだ」と説教されるのである。痛いところ指摘された座頭市は「汚れた顔の天使」みたくわざとヤクザにボコボコにされて惨めなところを子供に見せる。

 子供の将来にはいいかもしんないが、ヤクザは大人だから改心しないので、結局のところ、図に乗った佐藤慶の悪逆非道に、座頭市はぶち切れて皆殺しにしてしまうのである。なら最初から、強気に出てたほうが、相手だって馬鹿じゃないんだから諦めたんじゃないのか?けどそれじゃあ映画になんないなー等と客としては、余計なことをしてくれた浜村純に文句の一つもつけたくなるところだ。

 さて今回の座頭市タスクフォースの作戦は「太鼓ドンドコ作戦」である。聴覚が以上に鋭い、っていうか失明した人は聴覚、嗅覚、触覚、みんな驚くほど鋭くなるらしいが、その座頭市の耳元で太鼓を鳴らして、センシティブなセンサーにジャミングかけようっていうのだが、これが全然役立たずで、応援頼んだ下っ端まで見事に玉砕してしまう。

 あー、思った通りでしたねー。

 で、なんだかんだ座頭市のライフスタイルを非難していた琵琶法師が最後に捨てぜりふ「これでいいのだ」ってあんたはバカボンのパパかいっ?いぶかしがる座頭市にトドメで「お前のような悪い頭ではわかるまい」なんだそりゃ?

 斬っちゃえよ!座頭市!ったく屁理屈野郎は困るぜ!ってそういう役どころじゃないと思うが、やはり座頭市は走りながら考えるタイプなのである。

 元武士で、惚れた女・小川真由美が女郎に落ちていることを知って、金のために座頭市を斬りに来る浪人・天知茂のゲスト出演ありで、出場の少ないわりにかなりなもうけ役。

2001年03月11日

【追記】

※本文中敬称略


このページのてっぺんへ

■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16