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淑女と髯


■公開:1931年
■制作:松竹キネマ
■監督:小津安二郎
■助監:
■脚本:北村小松
■原作:
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:岡田時彦
■備考:

ネタばれしてます!


 どうせ説教されるなら二枚目にしてほしいと思う。不細工でチンケな野郎に諭されると人格まで否定されたような気がして、たとえ映画の中であってもムカつく。

 大学で剣道をやっている岡嶋・岡田時彦は髯面のバンカラタイプ。今日も剣道大会で大活躍するのだ。しかしなんだかヘンテコで、審判長は試合なんか全然気にしていないクソガキ・突貫小僧、したがって試合の内容もよく言えば不意打ち、正直言うとだまし討ちのようなものばかり。

 岡嶋の友人で男爵の息子、行本・月田一郎が大会で優勝した岡嶋を自宅に招く。優男な行本は、岡嶋のファンなのだ、ただしホモじゃないからね、念のため。しかし行本の妹、幾子・飯塚敏子はいわゆるモダンガールなため、時代錯誤の岡嶋なんかサイテーって思ってる。

 ある日、岡嶋は道端でカツアゲされそうになっていた広子・川崎弘子を助けた。岡嶋は名前を告げずにその場を去ったが、顔を埋め尽くす強烈な髯は弘子の脳裏に焼きついてしまう。

 大学を卒業した岡嶋は就職活動をするが見事に全滅。たまたま弘子が勤めていた会社にやって来た岡嶋は、ここも落ちてしまう。岡嶋の住所を履歴書から知った弘子は、「髯を剃れば就職できる」とアドヴァイス。素直な岡嶋は抵抗しつつも背に腹は替えられないので床屋へ行き、自慢の髯をさっぱりと落とす。

 髯のなくなった岡嶋は、すんなりとホテルに就職が決まる。

 縁談話が持ち込まれた弘子の家を、お礼のつもりで訪問した岡嶋は、最初は弘子の母親・飯田蝶子に怪訝な顔をされるが娘の恩人と知った母親は態度を一変、歓待する。岡嶋が帰った後で、弘子は岡嶋のことが好きだと母親に告白した。

 就職の報告をしに来た岡嶋を見て行本は少々失望するが、髯の岡嶋を馬鹿にしていた幾子は、髯なし岡嶋が超美男子だったのでビックリ、ハートがキューンとなってしまう。

 数日後、岡嶋は職場に訪ねてきた弘子の母親に、弘子のことが好きだと伝える。

 カツアゲしていたモダンガールが岡嶋に客の装飾品を横領するようにそそのかしたが、彼は無視。もちまえの正義感がムクムクと頭をもたげた岡嶋はモダンガールをおんぼろアパートの自室に招いて懇々と説教した。

 翌朝、モダンガールと同じ部屋に股引姿でいる岡嶋を見た幾子と幾子の母親は身分違いをせせら笑って去っていった。しかし弘子は岡嶋を信頼していた。モダンガールは更正を誓って去って行った。

 これ、サイレント映画です。

 とにかくシーンごとに腹抱えて笑えるんです。筆者の観た喜劇のベストワンの一つに入れてオッケーかも。

 映画の言わんとしているところは、男(人間)は顔じゃないよ心だよ、ということですが、そういう説教をアノ美男子の岡田時彦にされてしまうという逆説的なところが実は最大のユーモアだったりするわけです。

 髯の岡嶋と、髯なし岡嶋の物凄いギャップ!剃ったとたんに女にはモテるわ、職にはありつくわ!これ「サムソンとデリラ」のさかさまですね、あっちは髪ですけど切ったらダメ。

 髯剃ったら武田鉄矢だった!ってんじゃあダメです、映画になりませんわ、全然。

 で、その岡田時彦が演じる岡嶋というキャラクターは、まるで三船敏郎のようです。無骨で不器用な彼は、馴れない洋装で裸足に革靴だったため、あわてて股引を引っ張り「靴下」にしてしまうという抱腹絶倒の荒業を披露してくれます。また、パーティーに集まった淑女にアナクロ剣舞を披露、あきれるレィディー達の目の前でほどけちゃった越中ふんどしをたくし上げます。

 美青年の岡田時彦だからこそ許せる、ちょっとお下品風味もアリのギャグの連続。

 懐中時計を一目で偽物と見抜いたホテルの上客が、どこかのお大尽が愛人に贈った二束三文のブローチを、金を貰って本物だと褒めちぎるというシニカルな笑いも含めて、とにかく笑いっぱなしです。

 小津安二郎監督ののびやかな喜劇、そして戦前の日本人と日本文化の豊かさの最後の瞬間に近いところを堪能できる素敵なギャグ映画です。

2000年10月28日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-06-04