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十七人の忍者


■公開:1963年
■制作:東映
■監督:長谷川安人
■助監:
■脚本:池上金男
■原作:
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:里見浩太郎
■備考:

ネタばれしてます!


 「柳生武芸帳 十兵衛暗殺剣」の前哨戦。

 次期将軍の座を狙う忠長は、謀反を企てていた。阿部豊後守・薄田研二は、伊賀忍者の甚伍左・大友柳太朗に、謀反連判状を奪取するように命じた。

 甚伍左は配下の忍者16人を召集し駿府城へ潜入させる。その頃、駿府では、隠密対策として緊急に雇われた根来忍者の才賀・近衛十四郎が甚伍左の部下を次々に血祭りに上げていた。

 隠密の度重なる襲撃に怯えた城の重役たちは、才賀の指示を無視して連判状を本丸から鬼門櫓へ移してしまう。リーダーの甚伍左を捕らえた功績で才賀の評価が一気に高まったのであるが、ズケズケとものを言う才賀の存在は、古参の重役たちに敬遠され始める。

 甚伍左の代わりに新たなリーダーに指名された若手の半四郎・里見浩太郎は、先輩格の文蔵・東千代之介、冶平衛・花澤徳衛、佐平次・加賀邦男、小六・品川隆二、伝八・和崎俊哉らを従える自信は無かった。それに甚伍左の妹、梢・三島ゆり子と恋仲だったので、贔屓されたと思われるのではないかという不安もあった。

 才賀は、残った忍者の人数を確認すると、最後の決戦が近いと予感し、連判状が保管されている鬼門櫓の警備を固める。梢を捕らえた才賀は、最後の一人と思った文蔵が死んだことを甚伍左に報告し、勝利宣言をするが、女は忍者の数に入れないと言われ血相を変える。

 梢を救出した半四郎は才賀を倒した。追っ手を妨害するために甚伍左は木戸を閉めてから絶命した。連判状は無事、阿部豊後守に届けられ忠長は詰め腹を切らされた。半四郎と梢は伊賀の里へ旅立った。

 骨を埋めるという言葉があるが、この映画に出ている里見浩太郎、大友柳太朗、近衛十四郎、この三人こそ時代劇に骨を埋めた人々だと言えよう。里見浩太郎は違うって?この人の本領を観たければ商業演劇へ行きなさい、首までズッポリ埋まってるのが確認できるから。

 十七人もいるんじゃ大変だなあと思っていたら残り7人くらいまではあっさりとバタバタやられていくのでなーんだ、と拍子抜けしていたら実はすでに作戦は始まっていたのだった。

 リアリティのある忍者の職能、裏の裏まで読みあう頭脳ゲーム、優れた人材が身分の低さゆえに冷遇される悲哀、そして矢でも鉄砲でも持ってこい(ついでに槍)!というサーヴィス満点のアクション、アクション、また、アクション。

 で、意外と少ないチャンバラ。だってさー忍者なんだから、白昼堂々、スッゲー派手な立ち回りとかがバカスカ出てきたら白けるじゃん?文字どおり。

 大友柳太朗は動的に豪放磊落というイメージがあるが、ひとたび本作品のような静的な役どころに来るととたんに冷酷そうな風貌に見えるのだ。これは近衛十四郎も同様。二人の対決はあらかじめ大友柳太朗のほうが負傷しているのでトリッキーになるのだが、貫禄のぶつかり合いというか、負けん気の対決という感じで一瞬だが気合十分の頂上対決。

 こういう面子に囲まれてしまうと里見浩太郎なんかただの小僧だが、この人の持ち味はこういう純粋さにあるので、適役だ。

 アクション映画につき物の、ともすればウザッたい恋愛劇もしっかりと組み込まれた甚伍左の作戦勝ちに終わるわけだが、対する才賀の陥る下級戦士ゆえの敗北も決して対応の不味さという馬鹿馬鹿しさは微塵もなく、むしろ現代に通じる普遍性がある。これこそ時代劇映画が時代を超えて愛される理由。

2000年11月25日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-06-04