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竜馬を斬った男


■公開:1987年
■制作:松竹富士
■監督:山下耕作
■助監:
■脚本:中村努
■原作:
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:萩原健一
■寸評:


 旗本、佐々木家の養子となった佐々木只三郎・萩原健一は、老中・内藤武敏の命令で攘夷派の浪士を処刑し、かつて京都へともに浪士隊を率いて行った清河八郎・岩尾正隆を暗殺した。

 妻、八重・藤谷美和子を江戸に残し京都見廻り組の組頭に抜擢された只三郎は、そこでかつて会津でともに学んだ足軽の息子、喜助・坂東八十助に襲撃され、従者・大村崑を殺される。

 喜助の妻、ぬい・中村れい子はかつて只三郎の許婚であったが、今では夜鷹になっている。喜助は出自にコンプレックスを持ち、勤王の志士となって只三郎を見返すことだけを生きがいにしていた。

 ふとしたきっかけから知り合った芸妓の小栄・島田陽子と一緒に暮らすようになった只三郎は八重のことを始終思い出すようになる。勤王派からたびたび襲われるようになった只三郎はある日、少年の刺客を斬った。自分の職務に疑問を持ち始めていた矢先、実兄・佐藤慶から幕府が大政奉還をするらしいと聞いた只三郎は失望感からますます勤王派の弾圧を厳しくする。

 幕府の命令で、只三郎は薩長連合を実現した坂本竜馬・根津甚八と中岡慎太郎・片桐竜次を暗殺した。しかし時代は変わらなかった。

 只三郎は鳥羽伏見の戦いに加わり官軍の銃撃に瀕死の重傷を負う。そこへ現れた喜助に襲撃された只三郎は喜助を返り討ちにする。八重が京都に到着したのは只三郎の死後、半月もたってからだった。

 さて本作品は萩原健一が幕末に実在した人物、佐々木只三郎に惚れ込んでの映画化ということらしく、なるほど力入ってるなあ、スタッフもイイの揃えてるよなあ、キャメラが森田富士男なのかあ、なるほど綺麗だったなあ、ということで映画の出来栄えとしては好きな仕上がりなのだ。つまり見えるところにちゃんと金使ってるね、ってことで。

 萩原健一が脂身たっぷりの体躯(若いころと比較して)で出てくるのだが、それがこの主役を単なるパラノイアのテロリストに見せなかった原因と思われる。柔軟な体が運動神経の良さ、つまり頭の良さを感じさせるし、多分に職能上のしがらみが招く結果的な悲劇と言うのを描くとき山下耕作というチョイスも正確だし、こりゃかなり研究した結果のようだ、やるじゃん!ショーケン。

 それに余計な、もったいぶった芝居をしなかったところも好きさ、好きさ、おっまえのすべ〜て〜(じゃなくって!)、というわけで(どういうわけ?)、佐々木只三郎という一本気で純なキャラクターに惚れた理由は、萩原健一がかつて大河ドラマ「勝海舟」でやった「人斬り伊蔵」にあると思う。役人に捕まり護送される際、助けに来た勝に迷惑をかけまいと他人のフリを通して処刑される伊蔵にマジ泣きした筆者である。

 同じ殺人マシーン役で、あの頃はまだ芝居というより地のまんまだったのを、ああもしよう、こうもしようと推敲して実現したのが本作品だとすれば、出来栄えの良さも納得できる。

 まず作り手の思い入れが空回りしなかったのがグーだ。こういうの意外と少ないんだよね。

 時代劇のキャラクターとしてはいささか地味、っつうか知名度低すぎ、だったのと出演者がいまひとつぱっとしなかったので興行的にはいかがなものか?だが、話と芝居と画と三拍子揃ってるなかなかの傑作だと思うぞ。

2000年06月25日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16