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執炎


■公開:1964年
■制作:日活
■監督:蔵原惟繕
■助監:
■脚本:山田信夫
■原作:
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:浅丘ルリ子
■寸評:


 日本海の小さな漁村に網元の跡取り息子として生まれた拓冶・伊丹一三(伊丹十三)は、ある日、山奥にある平家の落人部落に暮らす娘、きよ・浅丘ルリ子と出会いやがて夫婦になる。

 兵役を終えた拓冶ときよは幸せに暮らしていたが、太平洋戦争が勃発し、拓冶は徴兵されてしまう。きよは拓冶のかわりに漁に出るようになった。戦地で負傷し片足が不自由になった拓冶はきよの看病で回復し、山奥で二人きりで暮らしたいというきよの願いを聞き入れ、炭焼きなどをして幸せに過ごす。

 戦局が悪化し、村の若い男たちが戦争に取られてしまい、困った古老たちが拓冶を訪ねてきた。拓冶は久しぶりに村へ戻り、戦争のために強制的に取り上げられた漁船を取り返す交渉をまかされた。

 きよの従姉妹・芦川いずみの夫・上野山功一が戦死した。二度目の徴兵で拓治が出征すると、きよは拓治の生還を祈って極寒の神社でお百度を踏んだ帰り道、赤紙を運んだ郵便局員・宇野重吉に殴りかかった。きよは徐々に精神を病んでいった。

 拓冶の戦死を知らせずにいた母・細川ちか子の努力も空しく、正気を取り戻したきよは事実を知って自殺した。それから数年が経ち、きよと拓治は村人たちに美しく弔われている。

 浅丘ルリ子作の「きよ」のキャラクターはひたすら自分の欲求に正直です。村が国が、どうしようとどうなろうと、一切お構いなし。時には暴力的に拓冶を守ります。そういう意味ではまことに男性的な役どころである、と言えるかもしれません。意志強固、浅丘ルリ子の固い顔とデカイ目がとにかく力強いです。

 この映画に出てくる女性の中ではほかに、自分の娘が運命に翻弄されていく姿をじっと見守っていた母親の細川ちか子が印象に残りました。気が狂いかけた娘に夫の死を知らせない配慮、意識が回復して事実を知った娘の行動を黙って見守ってやる、母親ではなく女として、娘に対する心の奥深いところでの共感。それが押し付けがましくなく高い品格を保って描出されているところにえらく感動しちゃいました。

 そいでもう一つ、重要なのはこの母子は当時としてはまったく珍しい存在ではなく、こういう人はたくさんいたのである、ということでしょう。そこが映画を観ているとジワジワっと伝わってくるわけで、演るほうも実感こもっちゃっただろうし、いいかげんに演っちゃいけないな、という緊張感みたいのもあったんじゃないでしょうか。

 それがこの映画の「情緒」に結実してて、観てるほうとしては感動できるんです。所々に作り手の情緒過多なところはあるんですが、浅丘ルリ子のクールビューティな表情のおかげで救われてますね。

2000年05月27日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16