蟹工船 |
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■公開:1953年 |
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昭和初年、函館を出向した蟹工船、博光丸にはのんだくれの松井・山村聡、百姓・花沢徳衛、脱走した炭鉱夫・浜村純、関東大震災で商売が傾いた若旦那・小笠原章二郎、あらくれ者・河野秋武、ベテランの猟師・森川信などひとくせもふたくせもある男たちと、家計を助けるために無理やり員数合わせで放り込まれた少年たちがいた。 ベッドで寝られる大人たちはまだしも、少年たちは薄汚い船底に鰯の缶詰だってもう少しマトモなキャパシティなのでは?というくらいぎゅうぎゅうに詰め込まれている。 社長は海軍と手を組んで、領海侵犯をしてでも多大な生産量を確保しようと、鬼のような監督・平田未喜三を抜擢した。工場長・谷滉は、山村聡が凶状持ちであることにつけこみ、乗組員たちのスパイをするように命じる。 監督は昼夜かまわず作業させたため、事故で海に転落する者や不衛生な環境で病気になる者が続出する。そのことを忠告した船医がうっとうしくなった監督は、医者を強引に下船させ、ヨッパライでいいかげんな船医・森雅之を後任に迎えた。 船内の環境はますます悪化するが、生産量のアップに血眼になった監督は、見張り役にこん棒や鞭を持たせて労働者たちをビシバシ働かせた。一緒に漁に出た仲間の船のSOSを無視するように命令した監督に対して良心派の船長・山田巳之助は抵抗するが、所詮チャーターされる側とする側の力関係が勝って、仲間の船は沈没する。 病気の治療もせず、反抗的な少年は便所に監禁、陰湿なリンチで脳をクラッシュさせるなど、監督をはじめとする上級船員たちの労働者に対する酷い態度はエスカレートするばかり。 非人間的な扱いに怒った労働者たちに不穏な動きがあるのを知った監督は、先導的な立場にあった男をひそかに殺害し海に死体を捨てた。病死した仲間の弔いを満足にしてやらなかったことから、ついに労働者たちの怒りが爆発する。 銃で脅そうとした監督だったが、労働者たちの暴動には無力。ついに監督は無線で駆逐艦に助けを求める。乗り込んで来た海軍将校・小笠原弘に対して窮状を訴えた労働者たちは、次々と水兵に射殺されていった。その中には多数の少年も含まれており、暴動の首謀者として逮捕された労働者は全員、甲板で銃殺された。 ええっとまず、蟹工船ってのは捕獲した蟹を船内で缶詰に加工する船のことだ。そういう事すら知らずにこの映画を観たんだが、いやはや凄い。 なにが凄いって、その過酷な労働環境、とまあ字にしてしまうとなんとなく迫力半減なのだが、そのすさまじさ、である。あらくれ男たちのどちらかというと豪快な姿もさることながら、年端も行かない男の子たちの健気さは現代の世情からは想像もつかないような取扱われ方で、これって本当に日本なんですか?って感じ。 注目したいのは冷血な鬼監督の平田未喜三。この人、本職の千葉の網元さんなんだそうだ。イメージダウンにならないのか?実業の、と、見ているほうとしてはハラハラしてしまうのだが、これが実に素晴らしい演技。迫力ある体躯に冷徹な目、ホントこの人ってマジでこういう人なの?と思わせるほどの熱演。 吐きそうなほどの不潔さや、人の命をなんとも思わない資本家と軍隊、それらに暴圧されてしまう人々、そういう人間の尊厳というものを踏みつけにするいかなる力も許さない!という怒りのパワー。 後年、温厚で押し出しの立派なオジサンという印象しか山村聡に対して持っていない人たちは本作品をとっくりと見るべし。どんな状況でもびくともしないまるでアパラチア山脈のような山村聡の原点がここにある(かも)。 健気な少年たちの中に河原崎長一郎にそっくりな男の子がいたが、お母さんの河原崎しづ江も少年たちを見送る母親役で出てるからたぶん本物かも。 これからは蟹缶喰う時(滅多に無いが)にはおもわず姿勢が正しくなっちゃうかもしれない。蟹缶にも歴史アリ、そういう映画じゃないかもしれんがとりあえず実感と共感できるところがそこなんで。 (2000年07月01日) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2003-05-16