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花と嵐とギャング


■公開:1961年
■制作:ニュー東映
■監督:石井輝男
■助監:
■脚本:佐治乾
■原作:
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:高倉健
■備考:二枚目がキレると怖いか笑えるかどっちか。


 高倉健(健さん)は今でこそカリスマ性をもつ最後の銀幕スタアであるが、その歩みは決して平坦なものではなく、あきらかに低予算の映画に全力投球していた時代があった。

 「ゴッドファーザー」ってのがあるでしょ?外人暴力団映画の傑作ですけども。それ観てて思うのはやくざになっても「お母さん」というものの存在はデカイんだなあってことなんですね。ほんでこの映画のゴッドマザーはそりゃもう見たまんまの清川虹子、長男はム所帰り、長女は前科者で亭主はギャング、末っ子はやくざのパシリというトンでもない一家の物語。

 刑務所を出所した香港ジョー・鶴田浩二は親分・佐々木孝丸から、上納金をちょろまかしたチンピラを殺すよう命令されたが断ってしまう。代理として派遣されたのが実弟の正夫・小川守だったので仕方なくジョーはチンピラを逃がして弟がちゃんと命令を果たしたと報告してやる。

 その頃、鶴田の妹・小宮光江は亭主のスマイリー健・高倉健、「楽隊」とあだ名される江原真二郎、楽隊の女を横取りしたウイスパー・曽根晴美、小川守らとともに、佐々木の組の幹部、ツンパ(気の毒な名前だ)・沖竜次の仕切りで、銀行強盗を計画する。

 襲撃の最中、金の独り占めを狙った沖竜次の差し金で、客に化けていた殺し屋・八名信夫と江原真二郎が喧嘩になりそれを曽根晴美が銃撃するというハプニングが起こるが、強奪は成功。しかし逃走する途中で小川守が現金の入ったかばんを持ってトンズラ。義理の兄にあたる高倉健が責任を問われ、小川守が恋人とともに隠れているらしい田舎の牧場へ向かう。同行した曽根晴美は、沖竜次から、高倉健と小川守の暗殺という極秘命令を受けていた。

 用心深く、かつ、とても女好きの佐々木孝丸が、スマイリーの女房である小宮光江を人質にする。鶴田の母・清川虹子が隙を見て脱出してきた小宮光江をかくまった夜、佐々木孝丸は情婦・八代万智子に毒殺されてしまう。げに恐ろしきは女の嫉妬。

 弟分のピンチに駆けつけた鶴田浩二と高倉健が対決しようとしたとき、沖竜次が子分どもを引き連れて牧場へやって来る。曽根晴美は病院を脱出してきた江原真二郎と相討ちに、鶴田浩二は小川守をかばって憤死、沖竜次は金とともに崖から転落死。助かったのは小川守とその彼女と高倉健だけだった。そこへ小宮光江がパトカーとともに到着する。

 ジャズのスパイスがぴりりっと効いていてまるで東宝のギャング映画のようだったぞ。それって?つまりモダーンってことだ。男はみんな上等なスーツを何気に着こなす。ドスなんて泥臭い道具は一切無し、ガンさばきもかっこよく、スマートなギャング、やくざじゃなくってギャングの映画。

 ニックネームで呼び合うってのもお洒落だねえ。楽隊とウイスパー(ささやき)が仲悪いってのも遊んじゃってるでしょ?

 ただし、惜しむらくは主役の大物俳優二人が全然垢抜けてないってコト。そりゃ致命的?いえいえ高倉健はイイの、私ファンだから、というかノリが多少(どころか思いっきり)ズッコケてても結構ハメはずしてるのが楽しそうだからさ。それに今までとずいぶん違う、イカスお兄さんっていう新しい役どころに無理しようって心意気がいいじゃない?だけど実際、高倉健が無理すればするほど見てるほうとして冷や汗が出てくるんだけどね。

 鶴田浩二はね、こういうの無理だってば、東宝にいたときから。大体、こういうアメリカ的なギャング映画に出たら平田昭彦(様)にすら(ってのは失礼だが、営業的に)喰われてしまっていたスタア様なのよ。都会的なセンスのかけらも無いんだモン。浮いてるって、完璧に。誰が見たってそうだけど、それでもなお、孤高を保つ、というか古臭いまんまというのがまた魅力というかこの人の場合は身上なんだろうね、きっと。

 こーゆーところで思いっきりタガが外れちゃうのが江原真二郎。色敵かと思ったら女取ったの取られたのって、なんで曽根晴美に取られるかなあ(趣味の問題?)。いくら撃っても死なないし、病院で看護婦口説くし(要するにアンタ浮気者だから女にフラれるんだよ!)、徹底的に曽根を追い掛け回す恐怖のストーカー。いつも常識的な純情系二枚目がここまで爬虫類的に壊れると実感としてかなり怖いもんがある。

 バタ臭い脇役と泥臭い主役のミスマッチがお洒落な東映ギャング映画シリーズの第一作。

2000年06月17日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16