「動物園物語」より・象 |
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■公開:1957年 |
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昭和二十年、太平洋戦争末期、いよいよ本土爆撃が激しくなって来たころ、東京の上野動物園では、飼料の不足と災害時の治安維持という名目で、軍からの命令により猛獣たちの処分が始まっていた。 象のトンキーは芸をするので人気があったが、猛獣であるということで処分の対象になってしまう。象の飼育係の善さん・榎本健一はトンキーを絶食させようとするが、親切な軍需工場主の夫人・堤真佐子や学徒動員の生徒たち・河内桃子や、近所の小学校の先生・安西郷子らから餌やトンキーへのファンレターなんかをもらったりして、耐えきれずについつい餌を与えてしまう。 見かねた園長・生方壮児と課長・小林桂樹がトンキーを疎開させようとするが輸送手段が確保できない。やむなくトンキーは再び絶食させられる。それでも善さんが心配になって様子を見にくると一生懸命、芸をするので、善さんはまた餌を与えてしまう。 ある晩、善さんが酒を飲んでいる間にトンキーは射殺された。ライオンの飼育係・堺左千夫は善さんからもらった数珠を下げて殺されたライオンの死体をはく製にするために荷車に積んで動物園を出て行った。このことが世間に広まると、善さんのところへ「人間が罪も無い獣を殺している」という無情な手紙が届く、落ち込む善さん。 ある動物園の象の飼育係が命令を拒否して頑張っている言う。その飼育係の説得をまかされた課長に「行かないで下さい」と必死に頼み込む善さん。ちょうどその日、東京大空襲は始まったのであった。 やりにくいでしょうね、まだ関係者がピンピンしている実話の映画化というのは。この映画があまり知られていないのは、こういうのを見ると必ず「天使のような動物たちを人間のために殺すなんて酷いわ!」というトンチンカンな奴が出て来て、関係者を探し出し「どのようにお考えですか?」というデリカシーの無い質問をする馬鹿マスコミ、この映画でもちらっと登場します、とか、何様のつもり?的なコメントを垂れる馬鹿コメンテーターがしゃしゃり出てくるからでしょう。 動物園の動物はペットじゃあないんです。災害時に危険というのも筋が通ってるんです、だからオッケーってわけじゃないですよ。実行する人たちの事を考えたらすげえプレッシャーだろうな、と想像つくわけですよ。 殺さなきゃならない、でも、殺したくない。 そんな動物園の飼育係としてちょっとも笑わず、全身で泣き、しょんぼりして、これ以上の犠牲を出すまいと抵抗する榎本健一ですが、これはきれいごとではなくて心意気なんじゃないでしょうか。 製作当時の世相は分かりませんが、今でもやむなく殺処分される野良犬や野良猫があとを断たず、その仕事に従事する人たちに「犬(猫)殺し!」と罵声をあびせる人がいるのですから、事実の記憶が鮮明だった当時のほうがこういう「声」が相当強かったんじゃないですかね。 これは動物園や飼育係の責任なんかじゃない、が、そんな偉そうな説教よりも、関係者の手になる原作を映画化して当時の思いをストレートに伝えたいと思ったのでしょう。それを見てほしい、真直ぐに見てほしい、そんな作り手の思い入れが伝わって来ます。 短い映画でしたが、作り手の、関係者への礼節をわきまえた真摯な態度には思わず居住まいを正してしまいました。 (2000年03月11日) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2003-05-16