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ショムニ


■公開:1998年
■制作:松竹
■監督:渡辺孝好
■助監:
■脚本:一色伸幸
■撮影:
■音楽:
■美術:
■主演:高島礼子
■寸評:


 商業映画にリアリズムを求めてもいいが、ドキュメンタリズムを求めてはいけない。見るほうの共感を得られないリアリズムやカリカチュアは、つまらないコントにしかならない、ということだ。

 (順風)満帆商事の経理課、純情なOLの遠藤久美子は、上司の渡辺いっけいから、庶務二課へ一日だけヘルプに行くよう命令される。庶務二課、通称「ショムニ」と呼ばれるその居室は、ボイラー室にほど近い、昼なお暗い地下室にある。

 その課は、デブ猫をかわいがる課長の小松正夫、大阪弁だが東京下町に住む濱田マリ、社長の愛人、シナリオライターを夢見る者。1日の就業時間中、わずか1時間のみ働くという、まさに経営者(のみならず、一般社員)から見れば「ゴクツブシ」「ムダメシクイ」「キセイチュウ」「ヤクタタズ」の巣窟。

 今日も、いいかげんに社内メールや備品を配達しまくった彼女たちは昼からビールで酒盛り。最初はテキパキとした彼女らの活躍を尊敬していた遠藤久美子は、社会人としての自覚を必死に解く、が、効き目無し。

 深夜、恋人にフラれたばかりだった遠藤は、街頭で絵描きの袴田吉彦に一目惚れするが、告白できない自分を励まそうと街頭でドラッグを買ってラリった勢いで高島礼子のマンションへ乱入。ちょうどそのころ、一人の男、松重豊が舗道で何者かに祈るように土下座をしていた。彼の職業は幼稚園バスの運転手。

 高島は遠藤を誘って、満帆商事社長、佐藤允がショムニの課員と浮気をしている現場に踏み込む。だが、この社長は一向に動じず、SMプレイの真っ最中に縛られて身動きできなくなった体を高島たちに運んでもらい、松重が運転する恐怖の幼稚園バスに乗り込んだ。

 女房の出産という緊張感に耐えられず、一時的に壊れてしまった松重は、高島とイイ線行きそうになるが、長女誕生の一報で、無事、蘇生を果たす。袋詰めの上に公園のごみ箱へ放置された佐藤允も無事、帰宅。

 男出入りの激しさを自慢していた高島のペットが自宅の浴槽で飼っている海亀だと知った遠藤は、高島と意気投合、ついにショムニへの異動願いを提出、無事、受理されたのだった。

 この際、テレビドラマの「ショムニ」と比較するのはヤめたほうが良いです。主役の身長だけでなく、なにもかにもが全然別モノ、無関係だと思って鑑賞することをお薦めします。じゃないと、ツライぞ。

 現代劇にはその時代の観客に共感を得ることが、すなわち当たる映画の条件の一つだと思うのだが、なんせコイツら、出て来る奴が片っ端から世間からドロップアウトしたクズばかりなのだ。単純にヘンなだけならまだしも、唯一の傍観者(巻き込まれ型の当事者)であるはずの遠藤久美子なんか、ただの馬鹿で一片の同情も共感も感じられない。

 「ショムニ」っていうタイトルなのに出て来るシーンはほぼ9割以上がアフターファイブの話題なのだから、余計になにがなんだか???である。

 第一、主役の高島礼子が奇麗じゃない。顔じゃなくて態度が。男まさりってのは女を捨てることでも、おっさんくさいことでも、下品なことでもない。キャミソール姿でポーカーしてるところなんか、アッパッパでバラケツ勝負している赤線のヤリ手婆アの風情すら漂うほどだ。

 全然カッコ良くなんだな、これが、、。

 実は大企業の御曹司、マイケル富岡に求婚されていた地味娘の濱田マリなんてのも意外性のキャラクターで面白いはずなんだけど、それでもちゃんと仕事してんなら「良かったね」って言えるけど、いいかげんな仕事してるんじゃあ「ケッ!馬鹿」って言われる(そこまで言うか?)のがオチ。

 日本人は基本的に「真面目な奴が結局幸せになる」話が好き。その真面目さの匙加減がこの映画のキモになるはずだったのでは?

 真面目なフリしてる奴らは思いきりコケにしていいけど、真面目を馬鹿にしちゃダメだよね、そういう失礼な映画って時代にあわないよ、そこいらへんがニブイんだよこの映画は。

 せっかく「ショムニ」っていうくらいなんだから、サラリーマンに「あんなのいねーよ(いてほしくない!)」みたいなんじゃなくて、「あんなのいねーよ(でも、いたら楽しいな)」って共感してもらえて夢見てもらえる映画にしてほしかったなあ。

1999年11月02日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-17