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修羅場の人間学


■公開:1993年
■制作:東映
■企画:安藤昇
■監督:梶間俊一
■助監:
■脚本:掛札昌弘
■原作:
■撮影:
■音楽:
■美術:
■特撮:
■主演:高島政伸
■寸評:


 昭和27年、早稲田のテンプラ学生(学籍の無い大学生)をしていた平吉・高島政伸はたまたま渋谷のアルサロ「モンタナ」前の路上で米兵・亜仁丸レスリーたちと乱闘していた渋谷興業の若頭・布施博たちに見込まれ、無事就職を果たす。渋谷興業は当時、学生やくざ、インテリやくざと呼ばれて、古式ゆかしい仁侠の徒とは違ったニュータイプの暴力集団であり、その社長をしていたのが安藤昇・原田芳雄

 高島は回転の早い頭と人の良さを買われて、布施から「モンタナ」を任されるまでになる。そこの女給・南野陽子と高島は恋人同士に。そんなある日かつて武闘派として恐れられた敬二・山下真司が出所して来た。交番の警官を丸裸にしたり、渋谷の地廻りだった暴力団との抗争をけしかけたり。暴力的な敬二の行動はしばしばモメ事になるが、人徳のある布施のおかげで大事にならずに済む。

 ある日、敬二は布施が任されているキャバレーで大暴れをする。温厚な布施がついに堪忍袋の緒を切らして子分・豊原功輔と高島に敬二を脅かすように命令。焦った高島が思わず敬二を撃ってしまう。事態を重く見た安藤は二人を事務所に呼びつけ、オトシマエとして布施の頭を灰皿でドツいて仲直りさせる。

 ホテルの乗っ取りをしていた実業家・佐野史郎の借金の取立てを頼まれた安藤は彼の事務所に行くが、激しく侮辱される。安藤はヒットマンを佐野に差し向けて手傷を負わせようとしたが、予想外に重傷になってしまったので、警察に追われることになる。

 東京オリンピック開催を控え渋谷の治安回復に血眼になっていた警視庁は、執拗に安藤たちを追及する。ヒットマンと間違われた高島はオトリとして南野とともに逃亡を続ける。高島の親友の新聞記者・的場浩司の密告で安藤はついにが逮捕される。

 安藤組解散後、安藤昇は映画俳優となり、高島は「モンタナ」という名前のレストランを経営し良き家庭人となって幸せな余生を送った。

 安藤昇は怖い。暴力的な男前ってのは本当に怖い。原田芳雄の向こう傷はインチキであるが、本物はよーーーく見ないと分からないくらいであるにもかかわらず、何かこう、ふとアップになった拍子にライトの加減でチラッと見えるところが、さすが本物は違うよなあ、と感心するやらブルっちゃうやら。

 長谷川一夫先生とはまた違う凄みがあるわけですね(比較するのはどうかと思うが)。

 さて本作品では高島政伸の母親として野際陽子が出てくる。高島は気質の企業に就職したと嘘をついているので、その事情を知った布施たちはみな背広をちゃんと着て、一芝居うってやる。「ポケット一杯の幸せ」のパロディなんだね。リンゴ売りのばあさんを淑女に仕立てて田舎から出てきた息子に晴れ姿を見せてやる、って映画。安藤さんてこういうの好きなんだあ!と意外な一面を見てしまった感じ、っつうか年代的なもんだろうけどね。

 テレビ向きのノペーっとした現代っ子顔のやくざが多い中で対立組織の組長・内田勝正の彫りの深さは特殊メイクではないかと思われる程鋭角的。頬の縦じわなんか触ったら手が切れそうなくらいだ。クレタ島あたりから出土したギリシア彫刻そのものである。この人、いくら気質の役を演っても誰が信用するだろう?

 昔ながらのやくざ映画を期待していた人はガックリ来ただろうけど、やくざだって人の子(親)という現実を、浪花節ヌキで素直に描いたという点が面白い。

 安藤さんも「実録安藤組」の時分から比べたらずいぶん丸くなったのかしら?それとも時代のニーズに素早く適応しちゃってるのかしら?どっちにしても自分の分身である原田芳雄だけがポッカリと「昔の人」ってところが味ね。

1999年07月12日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16