「日本映画の感想文」のトップページへ

「サイトマップ」へ


ノストラダムス滅亡録


■公開:1999
■制作:大映、アートポート
■監督:光石富士朗
■助監:
■脚本:山本優
■撮影:
■音楽:
■美術:
■主演:水橋研二
■寸評:


 ひっそりとした瀟酒な住宅に母・小松みゆきと少年・水橋研二は二人きりで暮らしている。少年は病気らしいので時折、医者・並樹史朗と助手らしい男が訪ねてくるのみであった。その家を密かに監視している男がいた。彼はフリーのカメラマン。彼が狙っているのはかつて遺伝子操作の人体実験を繰り返して失踪した、科学者の森谷公道・中丸忠雄の消息を掴むこと。

 少年は「フード」と呼ばれる食品を医者から与えられているが、それはドロドロとして見た目にハッキリとヤバそうなシロモノ。しかし少年の「病気」を治すことに執着している母親は、食べる度に変化していく息子の姿を完治へのステップだと自分に言い聞かせて、今日もせっせと「フード」を少年に与え続ける。

 化学工場の汚水を口に入れたり、髪の毛がバッサバッサ抜け落ちた少年はテレパシーで救助を求める。それをキャッチした少女が少年の家に足を踏み入れた時、彼はすでに最後の変身を成し遂げようとしていたのだった。森谷と医者の関係を探り出したカメラマンの相棒の女、少女、いずれも助手の手にかかって殺された。そうまでして守らなければならない秘密とは?

 なーんて、ねーっ?こうやってストーリーを紹介していくとすげー胸がワクワクしない?え?しないって?なんでさー!ワクワクしなさいよー、、、というような、なんとも押し付けがましい展開なんだよね、コレって。伏線だけで終っちゃうんだもん、この映画。

 「フード」のレシピがプルトニウムとダイオキシン、もちろん少年も母親も知らないんだけど、喰ってる本人としてはヒシヒシ感じてるわけよそのヤバさ。喰えねーよ、そんなもん。で、少年は食べることを拒否するんだけど「じゃあお母さんも一緒に食べるから」なんて言われたら、しかたないから食べるわけよ、自分でせっせと。

 母親思いのミュータント君としては、だんだん自覚してくる自分の正体に怯えつつもそれを受け入れて行く。その過程として少女との「初恋」があるんだけど、これがまた実にあっさりと死んじゃうんだよね。それで怒ったミュータントが超能力で助手を殺す。

 世紀末戦争が勃発した頃、とうとう少年は祖父の秘密研究所へ連れて行かれる、と言っても廃虚にMacintosh(しかもLC)が転がってるだけなんだけど、そこにカメラマンがたどり着いた時には、少年は完璧な宇宙人の形態になっちゃってるわけ。それで核戦争後の人類生き残り計画ってのが全世界的に行われていた事実が発覚、ただしパソコンのディスプレイ上の文字のみで映像は無し(けちんぼ!)。

 少年の母親は宇宙人と交尾して彼を生んだのね。成長した後、その宇宙人のパパ(か?)が迎えに来て、また地球に帰ってくる事が少年に与えられたミッション。で、おじいちゃんの博士としては、宇宙人となっても地球人の記憶を失わないように遺伝子を操作して、ミュータント君を新人類として残そうと考えた。

 毎日トリカブトを少しづつ飲むと毒に対して抵抗力がつくってのがあるじゃない?彼が毎日汚染物質を食べ続け(しかもランクアップする)てたのもそのため。人類が最終戦争(恐怖の大王)で絶滅して、核で汚染された環境へ孫のミュータント君が帰ってきても死なないように、そして孫の子孫がその環境に適合できる遺伝子を持てるように、、、、。

 そいでね、「ガメラ2」の映像パクって核爆発!ラストは南極の流氷シーンで「復活の日」をイメージさせてるつもりなんだろうけど、それって安直すぎなあーい?。

 中丸忠雄さんはまるで「電送人間」の佐々木孝丸みたいに車椅子に乗ってて、てんで楽ちんかなと思ったら、宇宙へ旅立つ息子を追おうとした小松みゆきを止めようとして車椅子ごと横倒!というアクション(か?)。還暦(とっくに)過ぎた人の体当り演技、見ている者としてはありがたくて思わず手を合わせてしまったぞ(そんなところで感激してる人は少ないだろうが)。

 おまけに下半身付随のくせに結構、元気よく小松みゆきを抱擁までしてあげて、、、よ!若いねオジサン。ファンとしては嬉しいっす。

 さて、本筋に戻りましょう。

 とにかく、肝心なところを博士の濃い台詞で説明だけってのは物足りないでしょう、いくらなんでも。結局のところ何を見てほしいのかよく分からないのよ。特撮はロクなの出てこないし、映像焼き直しあり(とは言えデジタルだから劣化なし)だし、造形はまあまあだけど出演者は地味すぎるし、話のアイデアは面白いけど、やっぱ映像で魅せてほしいよねえ、映画なんだからさ、コレ。

 どうしようかと困っていたら、最後に宇宙人としての使命に目覚めた少年が母親と別れるシーンになった。ここんところ、イイ感じ!不気味に変身した息子の手(6本指)がいとおしそうに母親の顔を愛撫する。母親が一方的にやらないで息子がやる、ここが泣かせるんだよね。ミュータント君の精神的な成長ぶりが人類の再生復活を見ているほうに確信させるの。

 他のところがダルダルなもんだから最後の情感たっぷるのシーンが盛り上がるのよ、実に。だけどさあ、MacintoshについてるマウスにASCIIって書いてあるのマズイっしょ?というヘンなところばかり目についちゃう映画なのでした。

1999年07月05日

【追記】

※本文中敬称略


このページのてっぺんへ

■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-18