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ピクチャー・ブライド


■公開:1994年
■制作:CIC
■監督:カヨ・ハッタ
■助監:
■脚本:
■原作:
■撮影:
■音楽:
■美術:
■主演:工藤夕貴
■寸評:写真だけをたよりにハワイに渡った女性たちの物語。


 1918年、両親を病気で失った横浜生まれのリヨ・工藤夕貴は、叔母・杉葉子の口ききで、ハワイ移民と結婚することになった。写真で顔だけしか見たことがない夫の元へたった一人で嫁ぐリヨの目の前に現われたのは40をとうに超した頭髪が薄い中年男のマツジだった。

 彼はサトウキビ畑で働く真面目な男だったが、リヨは大ショック。送られてきた写真とはまったくの別人であったからだ。リヨは慣れない畑仕事に戸惑ったが、日本に帰りたい一心で懸命に働いた。リヨよりも少し年長の日本人・タムリン・トミタは白人女性の洗濯ものも引き受ける働き者。彼女とともに日本への渡航費用を稼ごうとリヨは夜もろくに寝ないで働き続けた。

 村に活動写真(無声映画)の興業がやってきた。弁士・三船敏郎の語りも懐かしい日本映画を見ながら、トミタと楽しい一夜を過ごすこともあったが、昼間は白人に雇われている南米人にコキ使われる毎日。畑を焼く日、女たちは自分の子供をあわてて避難させたが、トミタの息子が行方不明になる。トミタは子供さがして炎にまかれて焼け死んだ。

 リヨの気持ちを取り戻したいマツジはリヨにハワイの美しい景色を見せたり、花を送ったりするが、リヨの望郷の思いはますます強くなる。気の強い彼女に辟易となったマツジは博打に手を出すようになる。

 やがてリヨは、自分の両親が結核で死んだため、親戚や近所の人にも白い目で見られ、嫁の貰い手がなくてしかたなくハワイへ来たことをマツジに打ち明けた。結核は死の病、マツジとしてもそんな女を嫁にしたくはなかったが、リヨの叔母はその事実を隠していたのだった。すでにリヨのことが本気で好きになっていたマツジは彼女を追い出そうとはしなかった。

 しかしリヨは突然、家出をしてしまう。牛車で何時間もかかった道のりを必死で駆け抜け、やっと海岸へたどり着いたリヨの前にトミタの幽霊が現われる。「待っている人がいるところ、それがあなたの故郷」と言い残しトミタは海に消えた。リヨはマツジの愛情に心を開き、生涯ハワイに暮らす決心をするのだった。

 「写真(ピクチャ)」だけを頼りにして嫁いで来た「花嫁(ブライド)」。歴史的事実なわけだが、今ではそのへんのガキんちょでさえ気楽に遊びに行くハワイは、かつては最果ての地。そんなところに嫁に行くんだから、そういう女性の家庭事情はさぞや様々であったことと思う。

 日系移民だけでなく、米国領土になったことから生じる、現地人や先に入植していた南米人とアメリカ人(白人)との軋轢も登場する。映画って勉強になるもんなのよ。

 郷に入れば郷に従え、って簡単に言うけど、人間ある程度生きてくれば、自分の文化というものを形成するわけだから、おいそれと相手に都合良く染まるわけにゃあいかんのよ。この映画、海を渡った花嫁の姿を描きながら「結婚とは?」という人間にとって永遠のテーマを描いていると感じた。

 自分がクソ若い頃の写真を送ったマツジと同じ位、いや、それ以上に結核で死んだ両親の事を黙っていたリヨだってウソついていたわけだから、お互い様、なんだよね結婚ってのは。

 自分のことを待っていてくれる人がいる、お互いに相手を待っていられる、そういう人と巡り会えたらきっと幸せになれる、ってことなんだ。それが片っぽだけだと「ストーカー」になっちゃうので要注意なんだけどね。

 三船敏郎は傍目にもはっきりと衰えていて、見ていて痛々しいという思いもあったが、それでもキャメラの前で、本人の意識するところか否かは別として、シャンとしていた。ただそこにいてくれるだけでファンは嬉しい。ファンというのはそういうモノなのさ。

1999年06月25日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16