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鉄眼


■公開:1962年
■制作:櫂の会
■監督:中村佳厨王
■特撮監督:
■助監:
■脚本:片岡薫
■原作:
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:河原崎次郎
■備考:


 僧の鉄眼・河原崎次郎は一切経の経文を全国の僧侶が読めるように刻版にすることを思い立つ。だが、膨大な量の文字を版木に直すとその数はざっと6万枚になるという。彼は大陸から来た高僧・水島道太郎の助力を得て壮大なプロジェクトの先頭に立つ事にした。

 鉄眼はまず最初に目星をつけた下級武士・高岡健二を追いかけ回し喜捨を乞うた。根負けした武士から一文を受け取り、己の熱意を自己確認すると、彼は取り憑かれたように日本全国を托鉢して回る。乞食をするくらいなら働けと言われたり、強盗に金を奪われたり、さまざまな苦難が鉄眼に襲いかかった。

 しかし同門の僧・剣持伴紀をはじめとする多くの若い僧侶たちが彼に協力してくれた。寺の跡取りであった鉄眼には許婚・永島暎子がいたが、人並みの幸せよりも経文の刻版化を選んだ鉄眼の人生を、彼女は自ら尼僧になることで受け入れた。

 鉄眼が製版のために借りていた寺のある村に大水が発生する。田畑を失った貧しい百姓たちが寺に押し寄せた。鉄眼は刻版化のために集めた資金を投げうって被災者の救済を続けた。金欲しさから鉄眼に協力していた彫り師たちも日当の未払が続いたため不満を漏らすようになる。

 悩んだ鉄眼は再び、高僧の元へ教えを乞いに行く。高僧は「人を救うことが教えである」と言い、鉄眼は周囲の反対を押し切って飢饉や天災に苦しむ人々のために金を使い続けた。

 鉄眼の噂を聞きつけた細川家の当主・細川護熙が金に困らないように毎月、大金を寄進してくれることになった。金の不自由さからは解放された鉄眼であったが、今度は版木用の桜材が不足する。だがここでも、捨てる神あれば拾う神(仏か?)あり。最初に追いかけ回された武士の上司である奉行・石浜朗は版木の調達に窮している鉄眼のための領内の桜を切り倒し融通してやった。

 鉄眼の元でははかつて彼を襲った強盗も改心し無償で手伝っていた。彫り師たちも歴史的大事業に参加できる喜びに満ち溢れていた。全てが順調に進んで完成を間近にした時、鉄眼はついに力尽き病に倒れた。病床で死を待つばかりだった鉄眼の枕元に最後の版木が届けられる。鉄眼は最後の意識で刻版の完成を見届けると静かに息を引き取った。10年以上の歳月をかけて完成した一切経の刻版本は日本全国の僧の手に渡り、仏教の発展に多いに貢献したのだった。

 文部省推薦の本作品には奇妙な言い伝えがあった。

 今は無き伝説の映画雑誌「映画宝島」に掲載されていた記事によると本作品には「人語を話す犬が出てくる」というのである。言っておくが、歴史上の傑出した実在の人物の伝記である本作品は決してお笑い映画ではない。見方を変えればちょっとSFっぽいかもしれないが実態はとてもソウルフルなオルグ系の映画である。

 私は待った、その謎の犬の出現を。そして、その瞬間はやって来たのである。

 一切経の布教に努める鉄眼が長屋にやってきて辻説法を始める。しかしみすぼらしい身なりの彼の話しをじっくり聞いてくれる者などいない、そこへ路地から突然、柴犬が飛び出してきて鉄眼に吠えかかった。「ワワーン、ワン、ワン、ワーン!」と。

 一瞬、自分の耳が信じられなかったのだがその「鳴き声」は確かに「人間の声」だった。

 つまり、どういう経緯かは知らないんだけど、SE(サウンドエフェクト)として「人間が犬の鳴き真似」をしていたのである。しかも、かなりヘタクソなんだな、これが。「人語を話す犬」の正体は「人間が吹き替えをしている犬」であったのだった。

 映画そのものはとても真面目で、河原崎次郎のストイックな芝居が情緒に流されすぎず、苛烈な実績とは裏腹の主人公の内面の清新さがよく伝わってきて、大変に清々しく、かつ、滋味溢れる内容であったがゆえに、余計にその「ワン・シーン(文字どおり)」が印象に残ってしまったんですね、作り手としては残念でしょうけどね。

 後に日本国の首領となる細川護熙氏がやんごとなき若殿様役で出演しているのも、今となってはこの映画のお宝度の向上に貢献しているのだが、結構サマになっている。やはり血筋ってのはどこにいても強力なんですな。

 宗教というと最近はあまり良いように話題にされないのだが、本来、宗教のやるべきことは「救済」なのであって、ここんところの解釈として「自分だけが救済される宗教」ってなっちゃうのがイカンのだよね。寄進された金を刻版化の目的以外に使うな!っていう仲間の僧の言葉に鉄眼が迷うシーンがあるけど、理論的に正しい事が人間として正しいことなのかどうかはすごく難しい問題だよね、実際は。

 「そこに困っている人がいる限り、私は助ける」とスッパリ言ってのける鉄眼には心をゆさぶられるモノがありましたね、私としては。絶対に私の口からは金輪際出ない言葉の一つ(ほかにも数え切れないくらいある。たとえば「金で心は買えないわ」とかね。)ですからねえ。

 漬からなくてもイイから試しに観てみるといい。「こういう人間がホントにいたんだなあ」と思うだけでも心が洗われるぞ。

2003年12月14日

【追記】

2003/12/14:「一切教→一切経」に修正いたしました。ご指摘いただきましてありがとうございました。

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-12-14