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氷柱の美女


■公開:1950年

■制作:大映

■企画:

■監督:久松静児

■脚本:

■撮影:

■音楽:

■美術:

■特撮:

■主演:岡譲二

■寸評:おしゃれな乱歩映画


 岡譲二の明智探偵シリーズ。

 嵐の晩、瀟酒な屋敷の一室で、二人の男・植村謙二郎水島道太郎が決闘をしようとしている。二人は一人の令嬢をめぐって争っていたのだった。一方が毒を入れた葡萄酒を相手が先に選ぶというものだったが、水島がモタモタしているうちに当の令嬢が現場に駆けつけてしまう。交際を迫る植村の目の前で令嬢は水島を選ぶ。それを見た植村は恨みの言葉を残して姿を消した。

 次の日の朝、令嬢の別荘の近くの浜に男の水死体が上がる。断崖から飛び降りたらしく顔が滅茶苦茶に潰れていたが、背広のネームからそれが植村らしいと断定された。その夜、責任を感じた令嬢に植村が発信したと思われる脅迫状が届き、顔がただれた吸血鬼が寝室に現われた。植村が生きているのでは?と、不安がピークに達した令嬢は親友・相馬千恵子を呼び寄せる。相馬は彼女から事のいきさつ聞き、東京にいる名探偵、明智小五郎・岡譲二と連絡をとろうとするが果たせず、果敢にも自ら犯人を見つけようとする。

 令嬢の屋敷には亡くなった父の友達・見明凡太郎が彼女の後見人として居座っており、亡父の秘書は屋敷にある宝物蔵の番人をしていてそこには令嬢でさえ滅多に近づけないのだった。秘書が雇った使用人は謎の小人やせむしの婆やばかり。まるで化け物屋敷のような邸宅で彼女は死んだ植村の亡霊におびえ続ける。やがて令嬢の母親である未亡人が殺され、現場にはまたもや植村の脅迫状が。

 ある日、亡父の友人だと名乗る男が突然訪ねて来た。宝物蔵に強引に入ったその男は絶叫を残して姿を消す。目の前で次々に起こる殺人に全く手のうちようが無い相馬の前に、使用人に化けていた明智が颯爽と登場、事件の解明をする。

 明智によれば、昔、令嬢の父親には仲間と共謀して盗み出した大量の金貨を独り占めした過去があり、当の父親が急死した後、仲間の一人であった見明が、まだ幼かった令嬢の後見人として屋敷に入り込み、宝物蔵で隠してあった金貨を発見したが、足が悪いためすぐには持ち出せず、そのまま屋敷に居座り機会を伺っていたのだった。訪ねてきた男も仲間の一人だったため、彼は見明によって殺された。見明は真相を知ってしまった秘書も殺害したのだった。

 しかし真犯人は別にいた。さらに明智は、令嬢のフィアンセになった水島の父親は、実は令嬢の父親や見明とともに金貨を強奪した仲間で、逃亡するときに令嬢の父親に裏切られて死んでおり、水島は父親の復讐をするために令嬢に近づき、植村を殺しておいてから、自分は吸血鬼にばけて植村の生存を信じさせた上で、未亡人を殺したのだと言う。正体がばれた水島は令嬢を誘拐して姿を消す。明智はすでに水島の行動を察知しており、彼が経営する製氷工場へ警察とともに向かった。

 警官と明智の前に堂々と姿を現わした水島は、復讐目的で令嬢に近づいたこと、令嬢を氷柱に閉じ込めたこと告白した。先回りしていた明智が令嬢とマネキン人形をすり替えていたため令嬢は難を逃れた。警官隊に追われた水島はプラントのキャットウォークで狙撃され転落した。虫の息の水島は本当に愛してしまった令嬢の名前を言い残して死んでいった。

 タイトルだけ聞いて「三ツ矢歌子のできそこない全裸マネキン」とか「まっちゃん(松橋登)のオカマ姿」を想像した人はちょっと頭を冷やしなさい。

 冒頭の決闘シーン。顔に醜い痣のある芸術家の植村に対して、コールマン髭にチックで固めたパチパチのヘアスタイルがダンディな水島とでは傍目にも勝負は明らかであるが、そういう分かりやすい導入部分がないとお話しが進まないのである。このシーンでほとんどの観客は犯人の目星がつくのである。こういう犯人登場型のスリラー物はいかに合理的に追い詰められるかを楽しめばよい。

 殺されてしまう秘書氏によれば、フリークスを雇う理由は「雇ってやれば普通の人間よりも恩を感じるので口が固いし、滅多に出歩かない」ので「屋敷の有り様が外に漏れないから泥棒が入りにくい」というもの。実に明快な理由である。こういうヘンテコな状況にちゃんと裏付けがあるというのも可笑しいが、大納得である。

 水島は顔に痣をつけた吸血鬼の扮装で夜な夜な令嬢を脅かす。原作は江戸川乱歩の「吸血鬼」。映画のタイトルである「氷柱の美女」はクライマックスの大仕掛けを指しているが、映画のタイトル的にはこのほうがインパクトが強いと読んだのだろう。後年、テレビでリメイクされたときのタイトルもこちらを流用していたのだから当時の宣伝部の実力を褒めよう。

 乱歩モノらしく小人俳優を起用したり、事件の謎ときの舞台をおばけ屋敷に設定したりして、「怖がりたい」観客のニーズをちゃんと満たす。女性たちが概ね奥ゆかしいので今見るとテンポがかったるいかもしれないが、大柄で近代的な顔立ちの相馬千恵子だけはとてもハキハキしていて、密かに屋敷に潜入してちゃっかり事件を解決した明智に嫌味を言ったりするところがモダンでカワイイ。

 やたらと絶叫する美女というのが現代では噴飯ものかもしれないが、制作されてから長い時を経ているため、登場人物のスタイルから生臭さが消えて、純粋な映画のためのしつらえとして楽しめるので、「古くさい」と感じるよりも、まるで「外国映画みたい」と感じる人が多いのではないか?

 明治〜大正生まれの岡譲二と水島道太郎の仕立てのよいスーツとか、スタイル抜群で姿勢の良い相馬千恵子のファッションは今でも一見の価値はある。オシャレな映画なのだ。

1998年07月19日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16