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鬼の詩


■公開:1975

■制作:ATG、鐡プロダクション

■監督:野村鐡太郎

■助監:

■脚本:

■原作:

■撮影:

■音楽:

■美術:

■主演:桂福団治

■寸評:


 明治時代の終りごろ、落語家の桂馬喬・桂福団治は頑固な芸風で人気もいま一つ。兄弟弟子・露の五郎は器用な質で手踊りなどの派手な活躍で人気絶頂だったが、正統派を目指す馬喬はまったく意に介さなかった。当時、関西でコレラが流行したため、席亭も休業せざるを得ない状況だった。意固地な馬喬をからかおうとした仲間が入れた薬で目をまわした馬喬を介抱したお茶子・片桐夕子は、お互い捨て子の身の上に同情し馬喬と夫婦となり一緒に門付けの旅をする。

 旅から帰った馬喬は一流の芸を盗もうと露のの舞台を袖から食い入るように見つめ、それだけではあきたらず露のの隣家に住み、細君・中原早苗が気味悪がるほどの執念で露のの一挙手一投足を観察する。妊娠していた片桐は馬喬の行動があまりにも奇矯なのを心配していた。馬喬が高座に出ていたある日、留守番していた片桐が流産してしまう。虫の息の片桐を発見した馬喬はただただ取り乱すのみであった。

 片桐の葬儀の日、ショックから我を忘れた馬喬は棺桶の中に入り彼女の遺体を抱きしめたり遺骨を口に入れたりした後、忽然と姿を消してしまう。

 しばらくして再び姿を現わした馬喬はぼさぼさの髪にジャラジャラと数珠を付け、片桐への思慕を芸風に生かすと言って、女房恋しさに訪ねた巫女の口うつしをリアルに再現したり、乞食の真似事をして客席から食べ物を恵んでもらうような突飛な芸で人気者になる。ある日、客席から馬糞を差し出された馬喬はそれを食べて平然としていたが、不衛生で不規則な生活が続いたためか彼は天然痘に罹ってしまう。

 やっと回復した馬喬は後遺症であばた顔に。しかし彼はへこたれず鬼の芸と称して醜い顔を人目にさらし再び人気者になる。馬喬はあばたの傷口を生かして顔に煙管を吊す芸を披露する。より多くの煙管を吊すために、絶食までし始める馬喬。このままでは過激な見世物になってしまうと案じた露のが馬喬に正統な落語への回帰を促した翌日、亡き妻の位牌の前で数えきれないほどの煙管を吊した馬喬はその苛烈な生涯を立った一人で終えていた。

 ATGの映画を観ていて実感するのは「映画は白昼夢に限りなく近い芸術」であるということ。余計な台詞遊びを徹底的に排除した、言葉よりもはるかに饒舌な映像の力。

 主演の桂福団治と言う人も酒でしくじって破門を繰り返すなどかなりエキセントリックな人だったらしい。まさか馬喬ほどではなかったであろうが、その彫りの深いしっつこい顔立ちからほとばしる妖気は役どころへのただ事でない「のめり込み」を感じさせる。

 芸への執念の赴くままに生き、その隙にささやかな幸せが掌中からするりと逃げてしまった主人公の混乱、怒り、悲しみ。芸の鬼となるべく努力してきた彼が妻を失い顔を失い、最後に本当の「鬼」となろうと決意したのは飛鳥の石舞台(鬼のまな板)の上だった。

 主人公の強烈な生き方と鮮やかな対比をするのが女房を演じた片桐夕子の存在感である。「あなたとなら墜ちるところまで墜ちられる」と言い亭主のためだけに後半生をささげた女。家族に恵まれなかった馬喬にとっては彼女は聖母にも等しい存在だったと思われる。片桐のはかなげな演技が切ない故に、馬喬の狂気が際立つ。

 「芸」の行き着く先は強烈な自己暗示であると言うことをアピールして余りあるほどの福団治の熱演。対する兄弟弟子の露の五郎の風格のある艶っぽさも特筆に値する。二人のキャラクターが映画そのもののデキを超越した。

1998年06月23日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16