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温泉あんま芸者


■公開:1968年

■制作:東映

■監督:石井輝男

■助監:

■脚本:

■原作:

■撮影:

■音楽:

■美術:

■主演:橘ますみ

■寸評:


 石井輝男監督は女優を人間扱いしないことが多いが、本作品ではわりと丁重に扱っているような気がしないこともないが、やらせていること例によってトンでもない。

 温泉町の芸者は二大勢力に分かれている。三味線や舞のできる本職の「温泉芸者」と昼間はマッサージ嬢で夜だけ芸者になるという通称「あんま芸者」である。つまり座敷で芸を披露する一派と寝床で芸を披露する一派の対立である。温泉芸者はあんま芸者に何かと難癖をつけて来るがあんま芸者も負けてはいない。だって凄いメンバーなのである。

 アルバイト芸者軍団はリーダー・三原葉子を筆頭に賀川雪絵応蘭芳三島ゆり子高倉みゆき。この映画の主人公は性欲と禁欲を豊満な肉体にみなぎらせた凄腕のオネーサンたちの中でただ一人、処女を守り続けている若い芸者・橘ますみ。彼女は診療所の若い医師・吉田輝雄が大好きで、彼の目前で大股開いて(吉田は産婦人科医)処女膜を検査してもらい「処女を守っていること」でなんとか愛を伝えようとする純情娘である。そんなストレートすぎる求愛をされても平然としている吉田(も、どうかと思うが)のつれない素振りがちょっぴり悲しい橘であった。

 三原は力むとオナラをしてしまう癖がある。賀川は処女膜の再生手術を繰り返しているニセ処女、と各々に個性的でヴァイタリティあふれるあんま芸者たち。ある日、三原の恩師・南都雄二がふらりと姿を現わす。陰険な女房に苛められて家出をしてきたのだ。三原は精一杯もてなすが、旅の疲れが重なったためか南都は心不全で急死してしまう。遺体を引き取りに来た妻は三原と南都の仲を邪推するが、娘は心やさしい三原に最期を見取ってくれたことを感謝した。

 大浴場でハチあわせしたあんま芸者と温泉芸者の二派が素っ裸で大乱闘を演じているところを隠し撮りしていたブルーフィルムのカメラマン・南道郎が三原たちに取り押さえられた。あんま芸者の置屋に世話になっていた臨月の女がその騒ぎで急に産気づいて出産。ところが女はあんま芸者たちの金を盗んだ挙句、赤ん坊を残して姿を消す。吉田の診療所に預けられた赤ん坊を南が連れ出す。南と女は実は夫婦で借金苦で故郷を追われこの温泉町にたどり着いた。困り果てて一度は子供を捨てみたもののあきらめ切れずに、三原たちの金を盗んでまで、親子一緒に再出発しようとしていたのだった。

 一度は怒ったあんま芸者たちであったが、一途な親心に免じて許してやることにした。ある日、地元の選挙ゴロ・金子信雄から仕事を貰いたい土建屋・芦屋雁之助が三原に「金子が橘の旦那になりたがっている」ともちかけた。金に目の眩んだ三原は橘を説得するが、橘が吉田を好きなことを知ると、三原は積極的に水揚げ話をブチ壊した。

 橘は旅館の番頭から吉田には婚約者がいるらしいと聞いて捨鉢になり、金子信雄に水揚げしてもらい体を許す。長身痩躯の吉田をあきらめて、チビでデブでハゲで下品な金子に処女を奪われた橘は「自分は堕落した」と泣く。だが心やさしい吉田は「自分にできることを精一杯やり遂げてひた向きに生きることは堕落ではない」と諭した。大股開いて泣きじゃくる橘を目の前にしてクソ真面目に説教垂れる吉田というのもヘンテコな図であったが、とりあえず橘は感動するのであった。

 吉田が婚約しているというのはデマだった。金子が選挙汚職で逮捕されたのを見て、橘は吉田と結婚したいと思ったが、あんま芸者として一人前になるべく温泉町に留まって頑張ってみることにした。吉田が沖縄の無医村に赴任する日、橘は吉田を笑顔で見送った。

 女性の悲しさを「悲しそう」に描いた「女性映画」や、人情を「ほのぼの」と描いた「人情映画」もいいけれど、そういうのはどこか作り手が登場人物たちを見下したような匂いが鼻に付くので私はどうもイマイチ。登場人物と等身大の視点から、仲間のためなら欲目を捨てる女性の「男気に溢れた人情」をユーモアたっぷりに描いた本作品こそ「人情喜劇のケッ作」と評価されてしかるべきではないだろうか。

1998年06月23日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16