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丹下左膳余話 百万両の壷


■公開:1935年
■制作:日活
■監督:山中貞雄
■助監:
■脚本:
■原作:
■撮影:
■音楽:
■美術:
■主演:大河内傳次郎
■寸評:


 この作品を知らずして日本映画を語っちゃイカンのではないかと、それくらいの映画だと少なくとも私は思っている映画。

 柳生家に代々伝わる「こけ猿の壷」には大金のありかが隠されている。しかしその壷は柳生の次男坊、源三郎・沢村国太郎が、江戸の町道場に婿入するというので、藩主が持たせてしまった。傍目にはボロッチイ茶壷。町道場の跡取り娘、萩乃・花井蘭子は義理の兄のしみったれに怒り、腹イセに古道具屋に売ってしまう。

 古道具屋が壷を長屋の子供、ちょい安・宗春太郎にやってしまった。ちょい安の父親は矢場でヨタ公ともめて殺され、同情した女将がちょい安を引き取ることに。そしてこの矢場には、女将の小唄を聞くたびに招き猫にソッポをむかせた挙句に「熱が出て、ヌカミソが腐る」と悪態をつく用心棒、丹下左膳・大河内傳次郎がいた。

 源三郎は壷を探す口実で矢場に出入りをし、そこで働いている娘、お久・深水藤子に一目惚れする。源三郎が娘といちゃいちゃしているところを望遠鏡(!)で発見した萩乃の怒りが大爆発。外出禁止になった源三郎は、たまたま借金のために道場破りに来た左膳と申し合わせて八百長をやり勝たせてもらう。

 亭主の権威を回復した彼は再び矢場に行くが、源三郎は「壷はこのまま預かっておいてくれ」と左膳に言う。いぶかしがる左膳が理由を聞くと源三郎は「壷が見つかってしまっては俺は外で浮気ができなくなるからな」と言ってニヤリと笑うのだった。

 「百万両より若い娘の方が好き」ってお馬鹿な男心のオチが嬉しいじゃないの!

 私にとって丹下左膳は最初に見た大友柳太朗がトドメ。阪東妻三郎はチャンバラはカッコイイけど健康的すぎるし、水島道太郎はダンディーすぎてダメ、丹波哲郎は痛快だけど右腕右目だったのはともかくアタマ良さそうで分別ありそうでダメ、錦之助のはあまりにも錦之助的だったのでこれもダメ。

 私のアタマには丹下左膳はあくまでブッちぎりの異形のキャラクターだと刷り込まれているのである。

 だけどこの山中貞雄の左膳は特別。戦前の大河内版は見てないクセに偉そうなんですけど、この、なんというか横丁のオヤジと言うか、近所のおっさん風の左膳というのが新鮮だ。だってこの左膳「ぼんくら」なんだもん。

 だから「余話」なんだろうか。ま、原作者の未亡人があまりにも「大胆なデフォルメ」に怒ったから遠慮した、のかもしれないけど、そんなサイドストーリーを語る「うんちく君」たちにはこの際、ちょっと黙っていてもらおう。せっかくのバカ面白い映画に水を差すだけだ。

 で、この「ぼんくら左膳」はイザとなると頼りになるんだな、これが。ちょい安の親父がヨタ公と悶着をおこしているところへ駆けつけて、まずは迫力フェイスの怒声一発で相手をビビらせる。

 それでも素直に帰らないと分かると、さらに顔をギューンと歪ませ、腰の刀を取り、鞘を口にガバっとくわえて、頭をグリリンとブン回して段平タイプの刀を左手一本で一気に引き抜くところのスピード感!スッゲーんだ、カッコイイんだな、これが!普段が普段だけにそのギャップは痛快!

 チャンバラの見せ場もちゃんとあるぞ。もちろん大河内傳次郎というスターのための見せ場としてだが。源三郎の道場で見せる左膳の殺陣の凄さ。ヴォリューム満点の大河内傳次郎の体が飛ぶわ跳ねるわのサーカス状態だ。

 かと思うと、ちょい安に数を数えさせて一瞬にクセ者をぶった斬るという、まるで西部劇の早撃ちみたいなシブイのもある。映画と観客の一体感。見せ場の演出のアイデアが楽しくて、嬉しくてたまらないぞ。

 涙もあるぞ。父親が死んだことをなかなか言えない左膳がぐずぐずしている次のカットの、縁側で小さく肩を落としたちょい安の後ろ姿は泣けるぞ!。「役者に泣かせず客を泣かす」これ、名人の証拠だ。

 笑いもあるぞ。矢場の女将が「あたしゃ子供は嫌いだよ」と言った次のカットでは、ちょい安を猫っかわいがりしている。「とかなんとか言っちゃってえ、きっとこうなるんだよね!」という観客の期待を丁度良く叶えてくれるお約束に身を任せる楽しさ。

 日本映画を本格的に語ろうと思っている人や、監督になりたいなあと思っている人は、この映画を百回くらい見ると良い。映画の演出技法というものが、今から60年以上も前にほとんど完成していたという事実に驚くだろうから。

  侠気、人情、ユーモア、チャンバラ、お色気、美人と美男、そして愛すべき「イカすぼんくら野郎たち」。およそ映画の楽しさのすべてが詰め込まれていると言っていいんじゃなかろうか。

 ああ、面白かった!と素直に叫べる作品こそが映画の本当の醍醐味を教えてくれるのだ。そういう映画をもっともっと見たいのだ。

1998年04月04日

【追記】

2003年06月21日:「道場の跡取り娘・深水藤子」を「萩乃・花井蘭子」へ、「矢場の娘・(無記名)」を「お久・深水藤子」へ、各々訂正いたしました。ご指摘いただいた方、どうもありがとうございました。

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-06-21