三十六人の乗客 |
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■公開:1957年 |
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バスというのは無防備な乗り物である。「狂った野獣」はそうした空間に突如まきおこるバイオレンスを描いているが、本作品はその先達と言って良いかも。 初老の刑事・志村喬の娘・若山セツ子の婿・小泉博は刑事という職業に疑問を感じて辞表を提出、妻には出張と偽って浮気相手の洋裁の先生・淡路恵子とスキーに出かける。東京で発生した強盗事件の犯人が同じスキーバスに乗り込んでいるらしい。小泉は途中で県警の刑事から事情を知らされ犯人を探す。 乗客は36人。全員がどこかしら怪しいと神経をとがらせる小泉だったが、受験に失敗しノイローゼ気味の学生・中谷一郎が自殺未遂を起こしたとき、親身に世話した学生達、芸者・塩沢ときと浮気旅行中の旦那・森川信、置き薬の営業マン・千秋実、ベテランのスリ・多々良純らはそれぞれ正体が分かって候補者から外れる。 目つきの悪い男・瀬良明が怪しいと目星を付けたが、彼はスリの多々良を追っていた所轄の刑事だった。自殺未遂事件のときも最前列に女といちゃいちゃしている若い男・佐藤允がいた。千秋実が酔ったふりをして近づいたとき、男の手には拳銃が握られていた! 緻密でスキの無いトラップの数々が実に上手い。出発する前にバスのラジオが壊されていて、犯人がただの血迷ったバカでないことが伏線としてきちんと説明されている。誰が犯人でもおかしくないよな、と思ったりするのだが、やっぱり「スジとして佐藤允だよなあ」と早い時点で観客は目星を付ける。 犯人探しだけがサスペンスドラマの楽しみ方ではないのだよ。要所々々を観客に納得させつつ、いかにスムーズに犯人候補者を除外し真犯人の悪賢さを盛り上げて、いかに良いタイミングで正体をバラすかがこの映画の見所なのだ。 最高の伏線は途中で「犯人」が逮捕されてしまうことだ。スキーバスの休憩所に入った「犯人逮捕」の連絡で小泉は拍子抜けしてしまう。映画を見ている方も同様、佐藤允すら犯人候補者からいったんは消してしまうこのエピソードが効いている。 単独犯だと観客に思い込ませて実は共犯がいた、という展開なのだ。探偵映画が好きだったり、ミステリー小説を読みなれている人なら大したことないかもしれないけど私は面白かったなあ。なにせ出演者も地味でかえってリアルだし、スキーバスという密室感に適度な密度があって良かったし、それに「携帯電話」なんていうのが無い時代だからこそ成り立った外界との「途絶感」もグー。 デビュー2作目の佐藤允は日本人離れしたバカっぽくないワイルドな(でも整っているのよね)面相で、ギラギラしていて水際立っていた。対する小泉博も普段のアプレな明るい二枚目でなく一癖あってしかも「演りすぎず」。小泉が適当に真面目でニブイからこそ観客は彼に感情移入できたし、この小さな宝石のようなサスペンスの佳作を心から堪能できたのである、感謝(?)するように。 無事、犯人逮捕となってマスコミが大騒ぎしてスキーバスの客を取材する。だが犯人と命懸けで対決した小泉はあっさりと無視されるのだ。「刑事が犯人を捕まえたって珍しくないのさ」と答える小泉の一言に込められたマスコミへの批判精神はなかなか美味しいスパイスだ。脚本は井出雅人。 映画のジャンルはどうであれ、緻密で多彩なキャラクターの一人一人に神経の行き届いたストーリー、それに人間の勇気と善意を描いた映画というのは見終わって実に清々しいものだね。満足、満足。 (1998年04月11日) 【追記】 |
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※本文中敬称略 |
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file updated : 2003-05-16