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夜來香(いえらいしゃん)


■公開:1951年
■制作:新東宝
■監督:市川崑
■助監:
■脚本:松浦健郎
■撮影:
■音楽:
■美術:
■主演:上原謙
■寸評:「夜來香」は挿入歌のほうが有名、歌うは山口淑子。ただし本編には登場せず。


 太平洋戦争末期、上海で慰安婦をしていた女・久慈あさみは、引き揚げる途中、因業なやり手ババアの元を脱出すべく、仲間の慰安婦とともにトラックを飛び降りる。大陸を彷徨ううちに仲間が怪我をしたので日本軍の前線基地に助けを求めた久慈は、そこで軍医・上原謙に出会う。二人はすぐに愛し合うようになる。ある夜、二人が逢引をしていた霊廟の近くが爆撃される。子供の泣き声を聞いた上原が入った建物が轟音とともに吹き飛ばされ二人は離れ離れになってしまう。

 戦後、上原は軍隊時代の部下だった青年の実家に居候していた。製薬会社の研究員として働きながら、久慈の行方を探していた上原は、ある日、顕微鏡を覗いていて急に視界が暗くなるのを感じた。眼科医・菅井一郎は上原の目がやがて見えなくなるであろうと宣告する。絶望の縁に叩き込まれた上原は、カフェで偶然、久慈に発見される。久慈との再会を喜んだのも束の間、心労のため上原は倒れてしまう。

 上原の目がどんどん悪くなるので、久慈は治療費を稼ぐために街頭に立つ。久慈に苦労をかけたくない上原が居候先に戻ると、ちょうど青年が麻薬密売容疑で刑事・伊藤雄之助に逮捕された直後だった。青年の保釈金を質の良くないブローカー・河村惣吉から借りた上原は、借金のカタに麻薬の製造を請け負わされる。河村は事情を知らない青年に「お前の保釈金は俺が出した」と嘘を言い危険な取り引きを承諾させる。

 早朝の操車場にかけつけた上原は「河村から金を借りたのは僕だ」と真相を告げる。だまされたことに気付いた青年は河村を取り押さえるが、彼を心配して後を追ってきた上原は線路に足を取られてしまう。身動きできない上原の体の上を一番列車が轟音を上げて通りすぎた。

 上原の帰りを待つ久慈は「あの人のために真面目に働くわ」と決意する。清々しい朝の風を胸一杯に吸い込んだ久慈の笑顔に続いて、画面には線路に散乱する上原の手帳が映し出される。ぼろぼろに引き裂かれたページの間から、久慈と最初に出会った場所に咲いていた夜來香の花がこぼれ落ちていた。

 上原謙が演じる二枚目はいつも惚れ惚れするほど美しい。ニヤけたり気負ったりしないところがステキだ。本作品は宝塚の男役トップスターから映画に転身した久慈あさみのデビュー作である。大体、宝塚の男役は女優になると成功するのであるが、久慈も後年、女好きの森繁社長をビビらす怖い奥方の片鱗を見せつつも、スレンダーな体躯を生かして、動物的でモダンな女性をカッコよく演じる。

 上原の死を知らない久慈の姿に「モンパルナスの灯」のアヌーク・エーメが重なる。無名の天才画家モリジアニ(ジェラール・フィリップ)がのたれ死んだことを告げずに彼の作品を二束三文で買い占める画商(リノ・バンチュラ)に感謝する若妻(エーメ)が観客の涙を誘った、あのラストシーン。モジリアニの妻はその後、アパルトマンの部屋から投身自殺してしまう(映画にはこのシーンはない)。

 大甘な悲恋ドラマだが、伊藤雄之助と医者の息子の格闘シーンや爆撃シーンの迫力のある特撮、それに久慈とその女友達とのカラっとしたやり取りが垢抜けていてテンポも良く、後年の市川監督のシャープな演出を彷彿とさせる

1998年02月12日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16