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狙撃


■公開:1968年
■制作:東宝
■監督:堀川弘通
■助監:
■脚本:
■原作:
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:森雅之(加山雄三)
■備考:若大将、試合に勝って勝負に負ける。


 金で殺人を請け負うスナイパー・加山雄三は偶然知り合ったファッションモデル・浅丘ルリ子と愛を交す。加山には大学時代の友達で今は米軍基地の側に、怪しい銃砲店を経営している左翼くずれ・岸田森という強力なメカニックがついている。若手やくざ・藤木孝から金塊密輸の護衛を頼まれた加山は無事にやり遂げるが、アセった藤木が逆らった相手の組織は、予想以上に強大で、今度は敵さし回しの初老の殺し屋.森雅之に加山が狙われることになる。

 スポーツ感覚で暗殺をする加山は所詮、アマチュアである。人非人である殺し屋が自分の人生哲学なんか語ってちゃダメだ。これに対して殆ど台詞なしで殺人を遂行する森雅之のほうが圧倒的にカッコイイ、まさにプロフェッショナルの凄みだ。道具も古式ゆかしいモーゼル・ミリタリー。ヨーロッパ紳士(ゲシュタポと言ったほうが良いかも)の気品を漂わせた森雅之には歴史の古いドイツ製の拳銃がよく似合う。

 この頃の東宝(に限ってないけど)は興行成績がジリ貧で、中堅俳優をテレビに放出したり専属制を一方的に打ち切ったりで、作品にもその環境の変化は如実に反映されている。非東宝系の俳優の輸血でリフレッシュするかと思ったが、結果は裏目。

 藤木やその手下を殺されジリジリと追い詰められる加山。森は浅丘ルリ子を誘拐し、加山に決闘を申し出る。森は加山を呼び出して浅丘を解放するように見せかけ、加山の車に手が届きかけた彼女を射殺する。翌朝、砂浜で対峙する森雅之と加山雄三。二人同時に走りひきがねを引く。弾丸は一瞬早く加山の体を貫くが致命傷ではなかった。死んだと見せかけが加山は油断した森を射殺する。

 歴代の東宝の女優はおしなべておとなしかった。男を「獲って食う」ようなキャラクターはいなかったので、加山も監督の堀川も完璧に浅丘ルリ子をもてあまし気味。セックスシーンで、前戯(弾丸装着)、最中(弾丸装填)、フィニッシュ(弾丸発射)という挿入カットはまるで「裸の銃を持つ男」みたいで笑ってしまったぞ。そうだよね、本格的なベッドシーンってのも経験浅い(無いに等しい)もんね、そのものズバリのシーンなんてどうしていいのかとまどったわけだ、東宝は。ニューギニアの土人の踊り(捕虫網を持ったルリ子ちゃんと加山の土人ダンスは圧巻)とか、でかい蝶々のソラリゼーション(堀川監督の十八番)も、全然意味不明、観客しばし思考停止。

 そんなこんなで唐突に死んでしまうルリ子ちゃんや加山雄三を尻目に、ほぼ主役化した森雅之は最後までとてもカッコイイ。愛用の拳銃がモーゼルミリタリーってのも渋い。オン歳57歳の森雅之のかくしゃくとしたシャープなダッシュは驚愕に値する。撃たれて、不敵に笑ってスローモーションで棒のように倒れるシーンの見事さはラストシーンで未練たらしくルリ子ちゃんの死体ににじり寄る加山へのあてつけか。森雅之の最期こそ「主役の死にざま」に相応しいものであった。

 ゲバ棒仲間と組んで革命を夢見る岸田森も存在感大アリで、全てが加山雄三をツブしにかかっているような気さえする。野心的な試みを随所にチャレンジしていながら、スター・加山の呪縛に負けた演出がツライ。まさに「試合に勝って勝負に負けた」感のある加山雄三であったが、ドカ弁食って笑ってるだけではない加山のニヒリズムが珍しかったためこの後、シリーズ化される。がんばれ!加山雄三!

 蛇足だが、森雅之が連れて歩いている外人モデルはサリー・メイ。後年、東映で仁侠映画の主役まで張ってしまった、働き者の出稼ぎ外人のこれが映画デビュー作なのだった。

1998年01月29日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16