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杏っ子


■公開:1958年
■制作:東宝
■監督:成瀬巳喜男
■助監:
■脚本:
■原作:
■撮影:
■美術:
■音楽:
■主演:香川京子
■備考:デリカシーが無いのも、ありすぎるのも、どっちも困る。


 香川京子は不思議な女優さんだ。成瀬監督だけでなく、小津安二郎監督(「東京物語」)、溝口健二監督(「山椒太夫」)、黒澤明監督(「悪い奴ほどよく眠る」)、錚々たる名監督にいずれも印象的な役柄で起用された続けたのになぜか「大女優」の看板が全然似合わないという、希有な人である。

 昭和二十二年、まだ戦争直後の復興期。疎開していた小説家・山村聰の娘・香川京子にお見合いの話が次々に舞い込む。最初の相手は朴訥とした青年・藤木悠。彼は香川の名前「杏子(きょうこ)」を「あんずっこ、ですな」とからかって順当にフラれる。ある日、金持ちの息子・佐原健二の母親・沢村貞子が息子の見合いの邪魔になると山村に「うちの息子とあなたの娘をつきあわせないで」と言いに来る。相手の言い分をだまって聞いていた山村は、直後に「娘を馬鹿にするな!」と言い返しに行く。

 母親の知り合いの息子という真面目でスマートな大蔵官僚・土屋嘉男に香川はちょっと惹かれるのだが、幼馴染みの貸本屋の文学青年・木村功が山村に「お嬢さんをいただきたい」と言いに来る。純粋な木村の性格を憎からず思っていた香川は木村と結婚する。  

 文学青年に生活力はないので、木村は会社勤めも長続きせず小説の執筆に没頭、香川の父にライバル心を燃やす。だがしょせん、才能の無さはいかんともしがたく、木村は酒を飲んで暴れる。生活が苦しいので香川の実家に居候している手前、人前ではおとなしい木村が、雪見障子から対面の山村の姿をジっと伺う様子が鬼気迫る。身内ゆえに大小説家の義理の父を素直に尊敬できないというのは共感できる話である。

 山村は娘の香川を「君」と呼んでいる。ちょっと他人行義だな、などと思っていると実は娘が可愛くて仕方がないので、あえて巣立ちを早めるような配慮なのだと分かる。酔った木村は山村が丹精した庭を滅茶苦茶にしてしまうが、山村は少しも動じず、「風邪をひくから早く寝なさい」と優しく声をかけてやる。今は絶滅してしまった「正しく強い父親像」。失われた大切なものがイキイキと蘇るというのも、昔の映画を見る楽しみの一つである。

 何度かプチ家出を試みた香川京子であるが、結局は木村功と別れることなく彼の元へ帰る、というのがラストシーン。甲斐性なしの木村を見捨てない香川の態度にイライラして「別れちゃえよ!」と叫びたくなるのは父・山村も同様。そう思っていてもまだまだ女性が自活するには社会的な認識が不足していた時代なのである。そういう頃もあったのね、と学校では教えない近代史をバーチャル体験するつもりで見るのもまた一興。

1998年01月31日

【追記】

※本文中敬称略


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■日のあたらない邦画劇場■

file updated : 2003-05-16